さて、ジュリアの卒業がお知らせされてから1週間。

自分なりに色々考えを整理して、特典会で本人と会って、

その後に仲の良いオタクと飲みながら何時間も話して、

ようやく少しずつ心身ともに少し落ち着いてきた気がします。

 

謎の胸の痛みや、考えがぐるぐると回って寝られない時間も減りましたね。

もちろんこれからも折に触れて悩むし、まだ平時と比べると上の空というか、

なんだかんだでずっとこのことばかり考えてしまっていますけど、

これはもう必要な痛みなのだと思います。

 

 

 

 

なので、ここに書きなぐるのも今回くらいでそろそろ落ち着きたいところ。

一段落までもう少しって感じですかね。

ここ数日は、今までのジュリアとの思い出を色々思い出す機会が多かったので、

まずはそのへんを書いていきつつ、その中でも特に自分にとって影響があった点を

考えていこうと思います。

 

 



 

 

 

 

というわけでさっそく進めていくと、

僕とジュリアとの思い出のスタートは2018年、舞浜でのときクリ。

僕にとっては記念すべきとき宣のライブ初参戦、

それどころかアイドルのライブすら初めての経験であり、

そこで感じるもの全てが新鮮な驚きに満ちていましたが、そのステージ上で、

アイドルとして初めてのワンマンライブに臨んでいたのがジュリアです。

アイドルの知見がない僕から見ても、

(当然ではありますが)まだまだ「始めたて」という感じがしましたし、

歌もダンスもこれから伸びていくのかな、と思いながら見守っていましたが、

それと同時に、加入間もない中でこれだけのライブをフルでやり切る姿を見て、

素直に「立派だな」とも思った覚えがあります。

 

このブログでは何度も話していますが、

僕にとって初めてのライブ参戦がジュリアにとっての初めてのワンマンライブであり、

その巡り合わせは、僕がとき宣を応援する上でのひとつの軸になっていきました。

ただしこの頃からジュリア推しだったというわけではなく、

むしろこの日は、埋まらない客席を見て悔しそうな表情をするおはるに心を打たれ、

(まだ「推し」という概念に馴染みがない自分ではありましたが、)

「推しはおはるだな」という感じで、小さな一歩を踏み出し始めました。

 

 

 

 

 

2019年春のライブハウスツアー。

当時の僕はまだオタクと言えるほどでもなく、1公演のみの参加でしたが、

恥ずかしがりで前に出る機会が少なかったジュリアが、

ひよりんと2人で繋ぎのMCにチャレンジして、

それでも顔を真っ赤にしながら頑張っているのもかわいらしかったし、

なぜだか「Springood!」でジュリアが投げた紙飛行機が

あらぬ方向に飛んで行ってしまったシーンも、

微笑ましい思い出として記憶に残っています。

 

 

 

 

 

 

夏のびっちょり祭り。

すごく個人的な話ですが、ジュリアのグッズTシャツを初めて買ったのがこの日です。

と言っても、この時にジュリアを推し始めたとかでは全くないんですよね。

当時の僕は「推し」という概念にまだそこまでこだわりがなかったし、

物販で早めに行かないといけないとか、そういうことすら知らなかったため、

「物販に行ったらジュリアのTシャツしか残ってなかったのでそれを買った」

という、本当にただそれだけです。

(できればおはるかかなみんがいいなぁとは思ってたはず。たぶん)

 

今の僕だったらそういう振る舞いを軽薄だと思うだろうなぁとか、

当時は今に輪をかけてジュリア推しの数が少なかったんだろうなぁとか、

今振り返るとそれはそれで色々考えることはありますけど、なんにせよ、

当時それくらいのノリで買ったTシャツが今では大事な大事な思い出になっていて、

それもまた不思議なものです。

 

そして肝心のライブ。

僕にとって未知すぎるライブで、それ自体もすごく記憶に残ってて、

大和撫子は僕にとって「楽しいライブ」のひとつの象徴になるほど印象的だったし、

シェイプアップの初披露でなんとも言えない空気に包まれたことも懐かしいです。

特にジュリアに関して言うと、同じく初披露となった妄想プールデートで

「ほどけたビキニの紐を直して」

とジュリアが歌ってものすごくビックリしたというか、

この子がこれを歌うのはインモラルな気もするけど、

それを歌わせるのも、それを歌うのもすごいなぁ、

となんだかドキドキするような魅力がありましたし、

今でも、プールデートはジュリアのそのパートの印象が強いです。

 

 

 

 

 

 

 

そして2019年末、中野でのときクリ。

僕が宣伝部員としての決意を固めた日、

そして、ジュリアを推すことを決めた日です。

 

上で話したように、この時まで僕はジュリアにそこまで強い興味はなくて、

びっちょり祭り以降もリリイベや女装ライブに参加したりはしていましたし、

イベントそのものについての思い出はたくさんあるんですけど、

そこで印象に残っているのは、おはるでありかなみんであり、

正直、そこでジュリアを思い出す場面は決して多くなかったように思います。

 

ですが、この日のライブでの体験を通して、

そこで輝くジュリアを見て、

ライブ終わりのMCで涙ながらに話すジュリアを見て、その言葉を聞いて、

「この子を応援するんだ」「俺はとき宣に全力を注ぐんだ」

と、まさに雷に打たれたような気持ちになり、

この日から、僕の宣伝部員としての本当の意味での自覚が生まれるとともに、

おはるとジュリアの2人を推すことになりました。

 

「2人を推す」というのは、

徐々に「推し」概念を理解し始めた僕にとっては違和感があることだったし、

複数人を推す前提で見てきたわけでもなかったんですけど、

やっぱり「推し」というのは、自分の意志によって差配するものではなくて、

まさに運命的な出会いによって決定づけられるんだな、とも思いました。

(そういう意味では「推し活」とか「推しが欲しい」とかいう今日的な言説は、

僕にはあまり当てはまらないんだろうなぁ、と。余談ですけど)

 

ジュリアを初めて見てから7年以上の月日が経ちましたけど、

やっぱり「推す」きっかけになったこの日は、

僕がジュリアを見る上で圧倒的に大事な意味を持っていますし、

ジュリアを語る上での一番の思い出は、やっぱりこのライブになるのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

年が明けて、ヴィーナスフォートでの生誕祭。

2019年の生誕祭は参加しておらず、

まぁ当時オタクの入口も入口の場所にいた僕にとって、

メンバーの誕生日や生誕ライブなんか知る由もなく、

それ自体に後悔してるとかそういうわけではないんですけど、

なんにせよ僕にとっては、

その1週前に行われたおはるの生誕フリラが人生初の「生誕イベント」で、

この日行われたジュリアの生誕フリラは、ジュリアを初めてお祝いする日でした。

 

生誕ライブの何がいいって、そのメンバーが何をやりたいかが伝わってくることで、

ジュリアの生誕ライブにおいても、

思い入れが強いビクストをソロで歌ったり、

本人が好きなTWICEさんの曲を楽しそうに踊ったり、

土っキュン、どりーまー、シェイプアップという怒涛の選曲に

ジュリアの「おもしれー女」ぶりを垣間見たりと、

そんな色々にジュリアらしさを感じましたし、

自分なりの形で作るステージでパフォーマンスするジュリアはすごく輝いてて、

ジュリアにしかない魅力をまた違った形で受け取ることができました。

 

結局、対面で行われる生誕ライブはこれが最後になったわけですが、

参加しておいて良かったなぁと思いますし、

センチメンタル・ジャーニーで「ジュリはまだ16だから」と歌う様子は、

アドレッセンスのジュリアを代表するシーンになったような気がしています。

 

 

 

 

 

 

そして忘れもしない、ばんちゃんの退部。

僕が「この6人を信じて、全力で応援するんだ」と決めた矢先の出来事で、

いざ走り出すその時に僕にとっての「6人」が崩れた、

今でも色んな意味で忘れられないターニングポイントです。

先日のブログでも少し触れていますが、

この時期の自分はまだ全力を出せていなくて、

「これまでライブにたまに行く程度やったけど、zeppツアーからは全部行くぞ!!」

みたいに考えていた時期だったので、そういう点ですごく心残りがあったし、

ここに自分の人生の意味を投じるんだ、という決意をくじかれて、

正直なところ、発表を聞いた時はすごく絶望的な気持ちになりました。

 

ですがそんな中、僕が改めて前を向くきっかけになったのは、ジュリアの言葉です。

当時も各メンバーがブログで思いを伝えてくれましたが、

その中でジュリアが綴った

「私は活動を優先することを決意しました。」

という一文に、どれだけ勇気づけられたかわかりません。

 

初めて見た時はまだまだ幼い少女だったジュリアが成長して、

ときクリで涙を見せるくらいに活動に全力を注ぎ、

メンバーの退部という危機において自身の並々ならぬ決意を示すその姿を見て、

うまく言えないんですけど、そんな彼女の歩みや成長に感動したし、支えられたし、

その彼女が進む道を信じてついていこうと思いました。

 

後でもまた触れますが、この時のことは、

僕がとき宣との関係を自分自身の中で構築する上で、

ジュリアに支えられた大事な瞬間のひとつになったように思います。

たったの一文ではありますけど、

僕の宣伝部員人生を支えてくれた、大切な彼女の言葉です。

 

杏ジュリア | 超ときめき♡宣伝部オフィシャルブログ Powered by Ameba

 

 

 

そこからはコロナ禍。

もちろん僕のオタク人生においてあまりにも大きい転機でしたが、

この時期はジュリア個人というよりは、

おはるもジュリアも含めたとき宣というグループが懸命に進むその姿に支えられて、

困難な道のりでも諦めずに前を見て進むとき宣を見て、

僕も「彼女たちがこんなに頑張ってるんだから」となんとか奮い立たせて、

難しい時期を必死に生き抜いてきました。

 

そしてこのタイミングでは、ジュリアが歌うパートに目が向くことが多かったです。

トゥモローやエンドレスではラスサビの難しいところを任されるようになったり、

SSAの配信では、ドンフィクションやGAMUSHARAで

ばんちゃんが歌っていた印象的なパートをジュリアが引き継いで、

ジュリアらしく歌っている様子を見ることができてすごく心が動いたりと、

ジュリアの歌唱や存在がフォーカスされる場面が一気に増えた気がしますし、

ジュリア自身のアイドルとしての成長や、

メンバーの変遷に伴う立ち位置の変化を強く感じられた時期でもあるな、と。

 

あ、あとSSAの配信で三輪車を漕ぐジュリアは異常にかわいかったのと、

(時期が前後しますが)ばんちゃん退部前の3月に行われたオンラインサイン会で、

サインを書くのが遅いジュリアが一人でサインを書く状況になってたんですが、

そこでひとちゃんがアレンジした髪型のジュリアがめっっちゃ好きでした。

 

 

 

 

 

その後で言うと、2020年のときクリですかね。

この時はライブの内容がどうこうと言うより、

第1部のアンコールでひとちゃんとジュリアがステージに上がることができず、

すごく不安な気持ちでライブを観ることになった覚えがあります。

なのでこれはポジティブな思い出というわけではないんですが、

「ジュリアがいない」ステージを考えた時に思い出してしまうというか、

ジュリアが不在になった時の不安や物足りなさを突き付けられた瞬間として、

でもメンバー6人の繋がりを感じる瞬間として、

今でも色んな意味で記憶に残っています。

 

 

 

 

 

そして、長い間僕を支えてくれるジュリアの言葉に出会ったのが、

2021年の「春の燦々ワンマンライブ」。

「青春」をテーマにしたこのライブでジュリアが語ってくれたのは、

「青春は心の若さ」、そして「いつだって青春できる」ということです。

ここでジュリアの想いを聞くまで、僕はとき宣がひとつのテーマとして掲げる

「青春」にほんの少しだけ引っ掛かることがあって、それは、

「青春って終わっちゃうよね」

ということです。

それはおおよそ一般的な価値判断としてもそうですし、

ばんちゃんの退部という形でとき宣にも「終わってしまう出来事」があると

認識したこともそうですし、なんにせよ、

「青春」という御旗のもとで続くものには限界があるという感覚でしたし、

だから、「青春」の終わりを感じさせるSSDは少し思うところがあって、

聴けば聴くほど素直に受け止め切れない自分もいました。

 

でも、ジュリアがその「青春」に対して、

いつだって青春できると明言してくれたおかげで、理想論かもしれませんけど、

ジュリアの、とき宣の掲げる「青春」を真に信じられた気がするんですよ。

それは、見方によっては「終わり」から目をそらしているだけかもしれないし、

すごく都合の良い受け取り方かもしれないですけど、

でも僕は、とき宣の「青春」が続いていくものだとここで感じられましたし、

その想いはずっとずっと、とき宣を見る上で、とき宣の「青春」を感じる上で、

一番大事にしてきた言葉だと言っても過言ではありません。

 

(これも後で改めて述べますが)でもだからこそ、

「いつだって青春できる」と話したそのジュリアがとき宣以外の道を選ぶことは、

僕にとってすごく重いというか、「青春」の終わりを感じるというか、

うん、そういう感じです。

 

 

 

 

 

 

その後は、立川立飛で行われた晴れ舞台。

ひよりんの「アイドルって楽しい!」というセリフや、

菅田さんの「皆のコールを聴きたい」という吐露など、

グループとしても印象的な瞬間がたくさんありましたが、

僕はそれと同じくらい、あるいはそれ以上に、

シブツタでジュリアが声を詰まらせながら歌っていた様子が、

すごく心に残っています。

ジュリアの感情が歌唱中に目に見える形で溢れることは決して多くありませんが、

だからこそ、2番の歌い出しでのジュリアの姿には感じるものがありましたし、

この曲に込められた意味をもっとも感じられた瞬間だったと思います。

 

 

また、アイドル活動と直接関係があるものではないですが、

オプナイ出演もこのあたりだったですっけ。

僕は舞台のために東京遠征はなぁ、、と思って参加しなかったのですが、

共演者さんとすごく仲良くなっている様子を見聞して、

「あんなに恥ずかしがりでメンバーとも話せなかったジュリアが……」と、

なんだかその成長が嬉しくもあり、少し寂しくもなった覚えがあります。

 

 

 

 

 

 

 

と、ここまで逐一語ってきましたが、ここからは駆け足になっていきます。

もちろん思い出はたくさんあるんですけど、ジュリアとの個別の、というよりは、

とき宣全体について捉えることが増えたように思います。

これは自分にとってジュリアとの関係が安定したというか、

ジュリアというアイドルを自分なりに形作る過程が一段落したというか、

もしかしたらそんな感じかもしれませんね。

僕にとってのジュリアとの関係の「コア」になる部分が

このあたりまでで形成されたみたいな感じでしょうか。

 

 

 

そんなわけで時間は少し飛んで、2022年。

横浜武道館とサンリオツアーで一気にモチベが下がった自分でしたが、

幕張メッセでのライブはとても素敵だったし、特にジュリアに関しては、

あの大舞台で見せてくれた「きっとスタンダード」が本当に素晴らしくて、

ある意味で、ジュリアというアイドルのひとつの到達点を見た気がしました。

サンリオツアーでも披露されていたかとは思うんですが、

当時のとき宣にとって段違いに大きな舞台で、

スクリーンの映像も含めて今までにないような演出があって、

単純にとき宣のライブとしてもこれまで見たことがないくらいの雰囲気でしたし、

そこでジュリアの歌声がこれ以上なく映える、

そしてジュリアというアイドルに重なるようなメッセージがあるこの曲が披露されて、

そこで輝くジュリアを見て、なんというか、

「立派になったなぁ」というとすごく安っぽいですけど、

加入した当初はあれだけ幼かったあのジュリアが、

アイドルとしてこんなにも大きな姿を見せてくれていることも嬉しくて、

ライブとしても、ジュリア推しとしてもすごく心に残った瞬間です。

 

 

 

 

 

そしてそれに続くように、

ジュリア個人としては間違いなくもっとも大きな仕事である、

スクールアイドルミュージカルへの出演がありました。

舞台を観に行った時、そのスケールはもちろん、

舞台としての出来の良さやジュリアの生き生きとした姿に心を打たれましたし、

単純に舞台仕事として大きいだけではなくて、

そこから色んな展開もなされるコンテンツですし、

実際、スクミュがドラマ化した時も主要キャストとして出演したりと、

タレントとしての「杏ジュリア」の幅が一気に広がる転機だったと思います。

 

ただこれも後出しというか、今さら言ってどうこうという話ではないんですが、

とき宣とはまた異なる、こうした女優業で確固たる居場所を築き、

しかもジュリアがラブライブ系のコンテンツに並々ならぬ愛情を注ぐようになり、

言い方が難しいんですけど、

ジュリア自身の視野の広がり方としても、単純に仕事の幅としても、

「やめれちゃう」な、と思ったのも事実です。

 

もちろん今回の卒業にそういう要素があるかはわからないし、

それが関係してるかどうかなんて全然気にしてないですけど、

少なくとも当時、仲の良いオタクとそういう話をした覚えがありますし、

大きな会場での立派なライブや注目される舞台への抜擢などを通じて、

「遠くに行った」ような感覚も、少しあったかもしれません。

 

 

 

 

 

 

また、これもかなり間隔が空きますが、

2024年に僕はようやくとき宣の特典会に足を運ぶようになり、

3月のカレンダー特典会で、初めてジュリアと1対1で話しました。

こうして過去の思い出をこすってる自分ですけど、

ジュリアにとってはきっと最近になって増えたファンの一人なんだと思うと、

なんだか不思議な感じですね。

僕は昔から「特典会に行くのは違う、アイドルはステージで見るもの」

という考え方だったのでかたくなに特典会には参加しておらず、

CDや生写真を買ってついてきた特典券をそのまま持って帰ることもありました。

 

そんな僕が色々あって特典会に参加し始め、

ここからのジュリアとの思い出は特典会における交流も含まれるようになりますが、

特典会におけるジュリアの雰囲気やテンションに触れて、

今までステージや画面越しに感じるだけだったジュリアらしい奔放な魅力が

自分の生身で体感できたのは、すごく有意義なことでした。

ジュリアの話したいトピックになると会話の主導権を奪われたり、

唐突に謎の質問を投げかけてきたり、

そんなジュリアとの特典会はすごく楽しかったです。

 

スポーツフェスタの話で「日焼けが残ってるの!」と足を上げて見せてきたこと、

ジュリアの誕生日を祝ってたら急にこっちを指さして

「え、1月?」と当てようとしてきたこと(全然違う)、

オンライン特典会でジュリアが喋りまくってたら途中でブツ切りになって、

しかも話しやすい体勢にしたからか、身体を横に向けてる謎の画角で終わったこと、

カードのお渡しで「被った!?」と前のめりに聞いてきたこと、

(もちろんジュリアなりの「商売」として見せた一面もあるかもしれないですが、)

色んなシーンが本当に面白いというか、

「それもまたジュリアらしい」と感じられる魅力に溢れる時間だったなぁと思うし、

特典会への参加はかなり遅きに失した感はありますが、

それでも、こうしてその一面に触れることができて良かったです。

 

 

 

また、月並みな話ではありますけど、

たくさん枠を使って自分の想いを伝えられた時は嬉しかったし、

むさし村山やサンシャインのお手振りで有難い反応をしてくれた時は幸せだったし、

そんな色々も含めて、うん、良かった。

 

もちろんいつも話しているように、

きっと昔の特典会の方が楽しかったと思うし、

「あの時に特典会に行くくらいのオタクだったら」と

少しだけ心残りを感じることもありますけど、

これもまたいつも言っているように、

自分がとき宣にハマったり、こうして特典会に行くようになったり、

そういうのも全ては縁というか、自分の考えや趣味嗜好も含めて、

「ハマるべき時にハマる」のだと思うので、それは言っても仕方ないことです。

 

例えば5人時代のとき宣に僕がハマっていたかと言われたら、

それはたぶん僕の「好み」のラインとしてそこまでではないというか、実際、

そこで閾値を超えないから映像を見つつもライブに行ってなかったのだと思うので、

じゃあその時期に見てたとしたら、といった仮定は無駄な話なんです。たぶん。

 

 

 

 

 

と、かなり話がそれてしまいました。

ただここからは新しい何かというか、今こうして思い返す中でも、

「当時」を思い出すシーンが多く浮かびます。

2024年のツアーで、Zepp Hanedaで過去衣装を着た彼女たちを見たこと。

めざましライブで、びっちょり祭りを思い出すような流れだったこと。

サンシャインでのリリイベで、商業施設で盛り上がる当時の空気を感じたこと。

そういう意味では、新しいとき宣を、新しいジュリアを発見するのではなく、

僕が好きだった過去を見出す目線が多くなってしまっていたのかなと、

こうして振り返ると改めて思います。

 

でも2024年はそうした面で満足するだけではなくて、

海外に足を運んでライブを観たり、

さつまいもフェスやスポーツフェスタでの穏やかな空気感を楽しんだりと、

色んな側面のジュリアを楽しみ切ったというか、

ある意味で「見るものは見た」という感覚もあるかもしれません。

 

特にスポーツフェスタはものすごく楽しくて、

近い距離でジュリアを見られたし、通じ合えたようなシーンもありましたし、

あとはもっと単純に、

「こういった和やかな空気のもとで見るジュリアが素敵だな」

と思えて、他のどのイベントとも違った、

オンリーワンの素敵な思い出として記憶に残っています。

 

 

 

 

 

そして2025年。

去年も色々ありましたけど、まず僕とジュリアとの具体の話で言うと、

岡山の地で対面できたことはすごく印象的でした。

イオンの広場という空気もなんだか良かったし、

平日に少し遠い場所まで会いに行って、という体験としての価値もあったし、

何より、ジュリアが

「昔はグループでイベントをしてもあんまり人が集まらないこともあって、でも今、こうして私1人の平日のイベントでもこんなに多くの人が来てくれるようになった」

という趣旨の話をしていたのは、すごく感じるものがありました。

 

僕は当時そこまでコミットしていたわけでもないので、

「人が少ない」みたいな感覚を真に共有できる立場ではないですけど、

それでも、当時からの歩みを思い出してグッとくるものがありましたし、

ジュリアがその日の景色を見て自分の歩みを振り返ってくれる、

そんな瞬間の一部になることができて幸せでした。

 

また、これも後出しにはなっちゃいますけど、

あの時すでにジュリアが卒業を心に決めていたとすれば、

この思い出もまた別の意味を持つ気がしますし、

ジュリアにとって卒業を胸に秘めたタイミングでの述懐だったと思うと、

より一層の意味がある日だったのかな、と思います。

 

 

 

 

そして最後に話しておきたいのが、10周年の夏ツアー。

ジュリアが「10周年をやりきって区切りにする」と考えていたと思うと、

ジュリアにとっても並々ならぬ想いを持ってのツアーだったと思いますが、

その10周年の中で懐かしい曲をたくさんやってくれて、

終盤には「ただ懐かしい」を超えた、心の底から熱くなる瞬間があって、

ジュリアが節目にしていたツアーでそんな時間を過ごすことができたと思うと、

本当に本当に嬉しいし、感謝の気持ちでいっぱいです。

 

僕にとって、コロナ禍や方向性の変遷を経た中で生まれた

「あの時の楽しさをもう一度」という感情は、

なんだかんだ言いつつもここまでとき宣を見続けてきた動機のコアの部分にあって、

その本懐を遂げた10周年ツアーでもありました。

特に、

グランキューブでの大和撫子、

和歌山でのビクスト、

そして大阪城ホールでのフレフレは、

「これをずっと味わいたかった」という感慨すらありましたし、

その中でもフレフレは、ただ「もう一度この楽しさを」というだけではなく、

満員のアリーナで、これ以上なくアツい展開で、

今のとき宣だからこその良さも乗った、まさに最幸の瞬間でした。

 

 

そしてそれらを全て見届けた結果として、

「宣伝部員としてやり切った」という感情がかなり強くなったのですが、

もしかすると、その選曲や熱量は僕にとってだけでなく、

ジュリアにとっても「やり切った」という感情の一部になったのかもしれませんね。

そんなことはわからないし、僕が後出しで言えることではないですけど、

シンプルに、僕にとって「やり切った」という区切りになるようなライブが、

ジュリアにとっても区切りをつける瞬間のひとつだったのだと思うと、

そこになんだか意味があるような気がしてしまいますし、

ジュリアにとって最後のツアーが素敵なものになって嬉しいと思う気持ちと同時に、

最後のツアーを素敵なものにしてくれてありがとうという感謝もあります。

 

先日から話している通り、

僕がジュリア卒業の報に触れて「後悔」の感情がそこまで強くないのは、

間違いなくこのツアーで「やり切った」と感じられたからだと思いますし、

ジュリアが10周年を区切りとして、

そしてこのツアーをやり切ってくれて、

それが僕にとってはすごくありがたいことだったと改めて感じています。

 

 

 

 

 

 

ふう、振り返ると長くなっちゃいますね。

こうして見ると、ジュリアとの思い出は本当にたくさんありますし、

ジュリアにたくさん支えられて、ジュリアに心を動かされて、

ジュリアの足跡を見届けた宣伝部員人生だったな、と思います。

ジュリアのおかげで幸せになれたし、

ジュリアのおかげで色んなときめきを感じることができました。

 

 

……でも、だからこそ、ジュリアの卒業ってやっぱり自分にとってすごく重くて。

特に、僕はジュリアの言葉に支えられている部分があって、

ばんちゃんの退部時は、ジュリアのブログでの一文を見て前を向き直しましたし、

春ライブでの「いつだって青春できる」という彼女の発言に、

とき宣の終わらない「青春」を見出してきました。

 

でもその彼女が、とき宣じゃない道を選びました。

それ自体は何も悪いことではないし、

何度も言うように、僕は納得しているし心残りもほとんどありません。

でも、

ジュリアにとって、活動を優先する場所ではなくなったこと、

そしてジュリアにとって、とき宣が「青春を生きる場所」ではなくなったこと、

はどうしても感じてしまいます。

 

あのジュリアが前を向くなら、この道を選ぶなら、という支えも、

終わらない「青春」を感じさせてくれた信念も、

ジュリアがいないとき宣の前では説得力を欠いてしまうというか、

僕自身が「それ」を持ち続けることはできないような気がしています。

 

すごくクサいことを言うと、「青春」が終わったんだな、という感じですね。

 

 

 

 

 

 

まぁいつも言うように、

実際自分がどうなるかなんて案外自分自身にはわからないものですけど、

でも今の心境としてはやっぱりそんな感じです。

 

ですがそれもこれも、まずは「青春」の終わりを見届けてから。

残り少ない特典会も、オーケストラも、晴れ舞台も、

(あとまだ発表されてないリリイベとかもあれば、)

それらを心残りがないように楽しんだ後、

またその先はその先で進んでいきましょう。

 

 

 

 

ちなみにここ最近はめちゃめちゃブログを書いて感情を整理しておりましたが、

そろそろジュリアへのガチ長文手紙を書くフェーズに移ろうと思うので、

たぶんしばらくそっちに集中する気がしています。

それがどうしたって言うとまぁ別に何もないんですけど、

最後に良い手紙を書けたらいいな、という感じです。頑張ります。