さて。ジュリアが卒業してから約1ヶ月。
今回は「超♡わかりみ~てぃんぐ(略)」に参戦しての感想というか、まぁイベントに参加して感じたことを色々書いておこうかな、というやつです。
新体制しょっぱなのフリラを風邪でキャンセルした僕にとっては、これがジュリアが卒業してから初めての参戦。
なのでライブそのものの感想というより、ジュリアがいなくなった「今」の気持ちを書き留めておくベクトルの方が強いかもしれないです。
(あとまぁいつも通り好き勝手言ってるのでご承知おきください)

ジュリアうんぬんの話をするとライブの本筋からはどんどん離れていっちゃうので、まずはセトリを整理しつつ振り返っておきましょうか。
〇セトリ
【ライブ】
1.あいにきちゃった
2.トゥモロー最強説!!
3.ギュッと!
4.夢がとまらない!
(MC)
5.どりーむじゃんぼ!
6.開花宣言!
7.キラキラミライ
(MC)
8.世界でいちばんアイドル
9.初恋サイクリング
10.超最強
11.むてきのうた
【公開収録】↓以下うろ覚え
・わかりみ合わせ
・ひとちゃんの演技を見破るやつ
・新幹線で流すやつの収録
・どりじゃん(関西弁Ver)1番のみ
〇序盤
1.あいにきちゃった
2.トゥモロー最強説!!
3.ギュッと!
4.夢がとまらない!
あいにきちゃったからスタート。
前回のわかりみではせかいちスタートでゲンナリした記憶があったので、出だしからテンション上がる曲が来たのは助かりましたし、大阪に来たのであいにきちゃった、というのもちょっと嬉しかったです。
ジュリアが不在の空間をどう感じるのかという点はまた後段で詳しく整理しますが、少なくとも初っ端においては、ジュリアがいない寂しさを感じつつも、曲自体の高まりに助けられてとりあえずのスタートを切ることができました。
そこからのトゥモローも引き続きのテンション感はあったし、僕自身もとき宣を見るのが久しぶりということもあり、このあたりまではそれなりに楽しかったんですが、ギュッととか夢とまとか、自分がテンションアゲアゲ多動マンにならないような曲だと、一気に「不在」を直視してしまう感じがしましたね。
また、夢とまはジュリア卒業ライブで披露されたのはもちろん、長尺のジュリアパートの印象もあるので、「ここでもうやるのね~」とは思いました。
(自分の文脈として激強というわけじゃないですし、やること自体にネガティブな感情があるわけではないので、シンプルに文字通りそう感じただけです。)
〇中盤
5.どりーむじゃんぼ!
6.開花宣言!
7.キラキラミライ
初めて生でどりじゃんを味わいましたが、家でMV見たり音源を聴いたりした時の印象とはまた少し違って、曲として盛り上がる余白がある感じもしますし、思ったより悪くないなぁと思いました。(ライブハウス環境というバフあってのものなのかもしれませんが)
2番後の「うぉんちゅー」も皆で言うのも意外と楽しそうかもしれません。
ただこれは僕の個人的な問題なんですが、やっぱりジュリアがいなくなった後のものはどうしても自分事にはならないというか、今までの捉え方とは違ってしまっているなぁというのも同時に思いました。
「僕のとき宣」ではないというか、まぁ言っちゃえば他人事なんですよね。
フェスでたまたま聞いた知らないグループの曲が悪くないなぁと思った、みたいな例えは言い過ぎかもしれませんが、少なくとも、自分の内側にはないような感覚があります。
もちろんこれまでもNot for meな展開はたくさんありましたけど、そこで感じる歯がゆさとはまた違って、今はもう最初から外にあるというか、うまく言えないけどそんな感じですかね。
なので、どりじゃん悪くないね、と思ってもあくまでそれ止まりで、その部分に対する当事者みたいな感覚は失われてしまった気がします。
開花宣言とキラキラミライは特筆すべき点はないため省略。
というか、ここまでを経て「ジュリアがいないライブ」に没入できていない(後述します)状況なので、このあたりはもうよっぽどのトピックがなければぼんやり見る感じになっておりました。すんません。
〇終盤
8.世界でいちばんアイドル
9.初恋サイクリング
10.超最強
11.むてきのうた
MC後の曲がせかいちでズッコケ。
そもそもこの曲を僕は受け入れてないので今まで通り地蔵タイムでしたが、ジュリアの「両手でにゃんにゃん」パートがひとちゃんに受け継がれてましたね。
ひとちゃん推しの連番相手もこのパートは無理なようで、これを歌う推しを見る時の厳しい感情を共有できたのはちょっと楽しかったです。
そんで初恋サイクリング。
これもある意味テンションで乗り切りやすい曲なので、なかば強引にサイクリングのテンションに持っていって盛り上がりましたけど、ジュリアに「お前が一番!」って言えない瞬間はやっぱりガックリ来ますし、ラストの「君が好き」もたしか菅田さん単独になってるので、その後の「オレモー!」も身が入らないですね。僕はラストはジュリアの「君が好き」へのアンサーという気持ちでコールしていたので。。。
超最強はあんまり関心がないので割愛して、ラストはむてきのうた。
5人だとラストのポーズが変わり、古参オタクにとっては5人時代のフォーメーションや源流を感じて色んな感情が想起されたようですが、僕はしょせんとき宣が6人になってからのオタクなので、そこに対する感慨や感情はあんまりなかったかなぁと。
当事者でもないのにその情緒を語る気はないですし、まぁ僕にとってはジュリアが抜けたことによる変化をポジティブなものに変換するのはどだい不可能なので、そこそこフラットな感情で終了。
もちろん僕も大好きな曲ですし、2021夏ツアー千秋楽のむてきなんかは僕のオタク史に残る時間になっていますけど、僕の文脈の「ド真ん中」にある曲ではないというか、圧倒的に強い感情があるわけではないのかな、と改めて思ったりもしました。
〇公開収録とか
今回は芸人さんがいらっしゃっての進行となりましたね。
まぁもちろんありがたい話ですし、その形にはその形なりの良さがありますけど、ハマっていたかと言われると難しいところ。
ひとちゃん演技コーナーでは下手側で始めたものの終盤に中央に移ったり、全体的な進行のグダり感も若干否めませんでしたし、そのへんはちょっと引っ掛かったかもしれません。
でもこういうイベントならではの空気やメンバーそれぞれの振る舞いはしっかり見られたので、特に言うほどネガティブな感情はないです。
おはるはMCポジがないとトークの存在感が希薄になる感じがしましたけど、それが逆に新鮮だなぁという気持ちで見れましたし、かなみんはどうした?と思うくらいトークで暴れてて面白かったし、それ以外のメンバーも、それぞれ「らしさ」があって良かったですね。
ただまぁ何度も言うように、トークでもジュリアがいないな、という感情にはなりましたし、どうしてもこの空間やライブに入りこめていない自分がいたので、前回に比べるとちょっと楽しみ切れなかったというか、自分の心持ちがダレてしまったのもまた事実です。
最後のどりじゃん(関西弁Ver)も、まぁこの企画ならではだしいいんじゃない?という気持ちはあったんですが、終盤は完全に気持ちが切れてしまっていたので、正直あんまり感想らしい感想がないかな。。。。
でもこれは壇上の問題ではないので悪しからず。
〇その他の感想もろもろ
・影ナレ
なんか最近、影ナレ後の余白で名前を呼ぶ流れがだんだん増えてきてますよね。
僕の記憶ではアンジュルムさんとの対バンであちらの界隈が(おそらく文化として)開演前に名前を呼ぶくだりがあって、そのへんからこっちでもやり始める人が増えたような気がしてますが、なんか違うよね~というのはこの日も思いました。
あれはむしろ円陣の声を待つ静寂がいいんじゃないの、あれを聞き逃したくないという共通認識でみんな静かにしてるんじゃないの、という気持ちはあります。
まぁ「強いオタク」に憧れたワナビーがガワだけ真似してるんでしょう()
・出囃子
出囃子が変わってましたね。
ここしばらくは色んな曲のリミックスっぽいやつでしたが、どりじゃん単独っぽいやつになってました。
別に前のやつに思い入れがあるわけではない(思い入れがあるやつはとっくの昔になくなった)んですが、このへんも変えていくんかなぁ、と思うと、なんだか自分の知ってたものとか、ジュリアがいた証が上書きされていく感じでちょっとだけ寂しいですね。
・菅田さん
僕は色々あって菅田さんのことがあんまり好きではなくて、その行動を見ることもほとんどなかったんですが、ジュリアがいなくなってライブでの振舞い方のマイルールが壊れ、また没入できずにぼんやり見てしまっている時間があったり、特にトーク中はライブより注意が散漫になったりというのも相まって、普段より菅田さんが目に入る機会が多かったように思います。
特に公開収録中は、ものを持っているメンバーにマイクを持って行ったり、自分が何か言いかけても場の流れがある時はそちらを優先してキャンセルしたり、ひとちゃんが色々やってる下手の方に行くときは上手側の客に「ごめんね」ってしながら移動したり、そういう気遣いが随所に見られたのが印象に残りました。
アイドルとしての振る舞いも、求められてるアウトプットを出してるような印象はありますし、そういう在り方を少し感じられたような気がします。
かと思えば今日も、くいだおれ太郎の靴下を持つおはるに「履きそうじゃない?」と言ったりと、ナチュラルKYというか土足で踏み込む面もあって、そのアンバランスさはある意味で彼女らしさやその魅力を形づくっているのかもしれませんね。
・「紫の」食べ物
わかりみ合わせでは、事前リハのお題でかなみんだけが不一致だったというトークがありましたが、そのお題はなんと「紫の……食べ物」。
いや、うん、別に紫色を一切出すなとは言わないけどさ、この時期にさ、全く必要のない場面で不用意に出すのは違うくないか???
「紫の……」と言われたら頭をよぎってしまいますよ、そりゃ。
必要なら出せばいいし、そこを聖域化する必要もないとは思いますけど、今どうでもいいところでそのカラーに言及するのは勘弁してくれ~と思いました。
・文脈の揺らぎ
本筋の中で気になったのは、ひとちゃんがラストに「帰りの新幹線で聴いてね」と言ってたこと。
東京からの遠征民が多いのはそうでしょうし、イベントの趣旨的にも東海道新幹線を使った「推し旅」がコンセプトで、だからこそ東京から新幹線に乗った先の大阪でイベントをしてるんでしょうけど、それなら1曲目の「あいにきちゃった」と文脈が合わないというか、ちょっとチグハグだなぁというのは思いました。
関西にいる人と遠征民のどちらに対しても、というと聴こえはいいですけど、関西にいる身からすると、地元でイベントがあって、あいにきちゃったも披露されて、なのに、最後で遠征前提のトークをされるとモニョっとはしました。
重大な問題というわけでもないので、ただの個人的な引っ掛かりではありますけど。
・コールのセンス
この日はライブハウスというのもあり、普段よりもコールが盛り上がってる印象はありましたが、なんというか、センスや価値観は合わんなぁ、というのはありました。
いくつかあるので五月雨に書いていくと、あいにきちゃったでのはいせーのオイオイもかなり定着したような印象がありますが、サイクリングのAメロ早漏コールはあれだけTwitter(Xと呼ばないジジイ)で揉めたのに、これはすんなり入るんだね~というのは不思議です。
そりゃ入るっちゃ入るんですけど、あれは曲そのものを楽しみながら振りで一緒にツンツンやるのが楽しいし、その形でやってきた「様式美」みたいなのをリスペクトしていたいなぁと思うんですけどね。
言い方悪いですけど、このコールは(あくまで僕個人の主観においての)「わかってる」のリトマス試験紙になってる感があります。
あと特に気になったのはどりじゃんですかね。
これはリリースされてすぐの曲ですし、「定型」と言われるようなものもまだないと思いますけど、だからこそオタクの自主性やセンスが試されるというか。
歌い出しと1番までの間もうぉううぉう言ってる箇所があるのに構わずコール入れたり、Aメロもひとちゃんの「うんうん」とかがあるのに無視して名前コールを入れたりしていて、正直そのセンスで「やろう」としてるんかい、とは思いました。
先述したとおり、別にどりじゃんは自分事じゃないのでどうでもいいですけど、客席に対する違和はこういうところで積み重なるよね、というか、うん、そんな感じです。
まぁでもこういうのを通して「コール」ができていくような感覚もありましたし、やっぱりコールを揉んで作っていくのはフリラとかライブハウスとか、そういう場が大事なのかなぁとは思いました。
・ガチ恋口上をするには
むてきのうたはガチ恋口上が入る曲で、僕も普段であればやるんですけど、今回は黙って見ていました。
もちろんおはるがステージにいるので、僕はおはるに向かって愛を叫べばいいのはそうなんですけど、自分の心持ちの問題として、ステージにいる「その人」に集中しきれていない、もっと言うとライブに没入しきれていない状態で「世界で一番愛してる」と言えるのか、という引っ掛かりがあったんですよね。
ジュリアが不在の中、僕は今日のライブを心の底から楽しめたといえる心境ではなくて、それはむてきのうたが披露されている時も変わらず、没入しきれていない、楽しみ切れていない自分がいました。
その状態でステージにいるおはるに全力で愛を叫ぶことに、僕は僕自身で納得できなくて、この日は間奏のダンスを黙って見ることになりました。
だからどう、というオチがある話ではないんですが、これまで当然のように打っていたガチ恋口上が言えないような心境なんだなぁ、というのは自分自身で思いましたし、コールはこうして「自分の感情」に向き合って生まれるものだよな、という基本的なことも改めて感じました。それだけ。
・たぶん言えないコール
コールという点で言うと、あいにきちゃったの「お前が一番!」コールを入れる箇所はかなみんが引き継ぐことになりました。
そうなるともちろん「お前が一番!お前が一番!お前が一番!かなみん!」になるわけですが、これまでは他でもないジュリアがこのパートを歌っていて、僕はジュリアに対してこのコールをしていて、今もまだ「ジュリアの」という感情がある中で、「お前が一番!」をかなみんに向かって捧げることはできないような気がしています。
いつか時間が経てば変わるのかもしれませんが、少なくとも今の感情においては、ここは何も言えないかな、と言うのが正直な気持ちです。
かなり盛り上がるポイントなので勿体ないなぁとは思いますし、ここで「言わない」選択をすること自体が僕自身の没入感を妨げるのも理解はしていますが、それは言っても仕方がないというか、結局は自分が納得できるかどうかなので。うん。
まぁこんなこと言いつつ、そのへんを自分の中で消化してどこかのタイミングで言うようになるかもしれませんけどね。知らんけど。
・服装問題
列に並んでる時も会場内に入った後も、紫のグッズを身に着けてる人がちょこちょこ目に入りました。
僕はそれはあらゆる方面にすごく失礼というか、それを「しない」のは最低限の礼儀だと思いますし、それが愛を示す手段になるのだと認識しているのなら、それは筋違いだとも思います。
これも「自由」だと言えばそれはそうかもしれませんし、だからこそ僕も現場で直接声をかけることはしませんけど、僕にとってはその行動自体が「自由」で許容される範囲をギリ超えている気がしますし、それがしかもジュリアの話となれば、正直心中穏やかではありません。
それでかわいそうだね~えらいね~ってヨシヨシされてるのも気に食わないし、この日はその恰好で最前に入ってる人もいて、ぶっちゃけかなりノイズというか、大事なものを汚されている気がしました。うん。
・パートの引き継ぎ
まぁジュリアが歌ってたパートを誰が引き継ぐかが気になるのはわかりますし、特に推しのパートが増えたりしたら嬉しくなるのはわかります。
でも今回、ジュリアが歌っていた見せ場のパートが来る時に客席が全体的にキャッキャして浮ついて、みたいなのが結構あって、それは正直しんどかったな、と。
もちろん過去のことをずっと引っ張る気はありませんし、他のメンバーを推してる人からしたら嬉しい側面もあるのは十分に理解してるので、そのパートをそれぞれ噛みしめるのをなんら否定する気はないですけど、ジュリアが歌ってたパートが来る時に仲間内で「お?お?」みたいにザワついたり、無遠慮に浮ついたり、それはなんかなぁ、と思いましたし、その変化はそんなに「軽い」ものなのかい、という気持ちがないと言えば嘘になります。
SNSでパート割どうこうで盛り上がってるのを見た時にも同じような感情にはなったんですが、現場でもその空気を改めて感じたというか、むしろ現場だからこそよりハッキリと感じられてしまったような気はしています。
変わることを否定はしないけど、そこには通過儀礼があるというか、これまで積み上げたものに対するリスペクトがあってこそ、その先をより良い形で進めると思います。僕は。

〇ジュリアがいないライブ
さて、ここからが本編みたいなものです。
今回は、僕にとって初めて「ジュリアがいない」ライブ。
ピンク一色で足りるのでペンラは1本で良い、紫のタオルもパーカーも身に着ける必要がない、と、準備の段階から今までのルーティーンと違うことを感じながらの参戦になりました。
また、ひとちゃん推しの連番相手との位置関係で言えば、これまでであればおはるの立ち位置に準拠して僕が上手側にいたのに、今回からはおはるの立ち位置も変わり僕が下手側になったりと、そういう細かいところも今までとは変わった形となり、どこか落ち着かない心境でライブがスタートしました。
知り合いのオタクからは(別グループですが)推しが卒業した後のライブで泣いてしまったみたいな話を聞くことがあった一方で、正直、そんなに心が乱されることはないだろうというか、今の自分の立ち位置的に「ただただ自分からの距離が離れている感覚になるだろう」とか「他人事感が少し増して見える」とか、そういう感じになるのかなぁと思っていたんですが、実際始まると、やっぱり心に来るものがありましたね。
上で話したとおり、出だしのあいにきちゃったとかは節々で「不在」を感じつつも、でも曲自体は嬉しいしテンション高く盛り上がれるし、おはるという存在があるので「見る場所が全くわからなくて困る」という状況ではないですし、この段階では「意外といけるのかもしれない」と思っていました。
トゥモローも、僕にとっては特別な思い入れがある曲ですし、ジュリアの印象的なパートが多いのでそりゃ色々考えることはあって、もともとジュリアパートだったところではシュンとしちゃいましたけど、なんだかんだで周囲の熱に負けないくらいには盛り上がれて。
でもギュッとが来て、「それなりにこの曲との思い出が積み重なってはいるものの、個人的にすごくハマってるわけではなく、ぶち上げテンションで覆い隠すこともできない」みたいな塩梅の曲を若干落ち着いた気分で見た時に、その変化を真正面から受け止めてしまったような感じがして、そのあたりからは正直ちょっとキツかったです。
おはるとジュリアの2人を全力で追いかけていた自分にとっては、たとえおはるがいても「減ってしまった」感覚があるのは否めないし、2人のパートでそれぞれペンラを上げる良い意味での慌ただしさもないし、うん。
で、自分は何がキツかったのかなぁと考えると、もちろんステージを見た時にジュリアという存在がいないことそのものもキツいのはキツいんですけど、自分にとってより大きいのは、「ジュリアのパートを他の人が歌ってる」ところだったように思います。
サイクリングとかトゥモローも盛り上がりましたけど、やっぱり僕の中ですごく大事にしていたジュリアのパートを他の人が歌っているのを見るとどうしても色々思うところはあって、号泣とは言わないけど半泣きくらいにはなるし、何より、そういう箇所に当たるたびにジュリアの存在を考えて、もうこの場所には永遠に現れないということを思って、ライブへの集中や没入が途切れちゃうんですよね。
出だしに比べると中盤は慣れてきて、それを聴いて泣いてしまうかもみたいな話ではなくなりましたけど、それでもやっぱり「これを歌うジュリアはもういないんだよな」とは思うし、そのたびにライブから一度冷めてしまうというか。
ライブにおいて「その空間に100%を注いで熱中する」ことはすごく大事で、それができるかどうかがライブ体験を大きく左右すると思っているんですが、ジュリアの歌声が「ない」たびにライブの熱から一歩引いてしまう自分がいて、そういう意味でこの日のとき宣のライブを楽しみ切れなかったのかな、と今は感じています。
これは僕があんまり考えが至っていなかった部分というか、ジュリアがいないことそのもので悲しくなってライブを観てられない、感情が爆発して終わる、というのは可能性として考慮するラインではあったんですけど、そこまで行かなくても、たとえ自分の中で整理できていると感じていたとしても、否応なく「熱」が抜けてしまう瞬間があって、それがライブ全体を通して重くのしかかかったように思います。
前も話したとおり、僕はジュリアの卒業自体は受け入れてるというか、卒業しないでほしかった!みたいな後悔は全然ない状況なので、そういう質の感情ではないんですけど、それでも自分がずっと大事にしていたものがなくなったこと自体は事実で、それがこういう形で尾を引くんだなぁ、と。
ステージに全力を注いで、その瞬間の盛り上がりに全力で身を投じて、みたいな感情に至れないことがしんどいというか、こういう状況だとライブを楽しみ切れないし、アドレナリンも足りないし集中も切れてるしで「スタンディングしんどいなぁ」とか思ってしまうし、トークタイムなんかはもう割と他人事として進んでいる感触すらあって、うん、「没入」ができなくなってたのかな、と思いました。
その感情が端的にあらわれたのが先述のガチ恋口上のくだりだとも思いますし、全体を通して「没入感」という部分でジュリアの影響をすごく感じたように思います。
かと言って、どりじゃんはどりじゃんで先に話したとおり、ジュリアがいなくなった後の5人が作るものは今のところ自分事として捉えられてはいなくて、5人用の曲だからジュリアがいない違和感は感じなくて済むけどその分自分事でもない、という感じで。
新体制ならではのものは自分事にならない、前から続いてるものはジュリアの存在を感じて没入できない、という状況で、あんまり好ましくない八方ふさがりな感覚はありますね。困った困った。
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ふう、そんなところですかね。
すごくかいつまんで言うと、ジュリアの不在でめちゃめちゃ悲しい!みたいな心境ではないけど、否応なく没入感や熱量が抜けていってしまう感じがあって、それでライブを楽しみ切れない状況になってるね、という感じでしょうか。
(このイベントが悪かったとか、そういうわけではないです。念のため)
フラットに見て今の体制をどう思ったかみたいなのも書こうとは思ったんですが、僕は5人になってどうとか、今後のとき宣がどうとか、そういう話をできるラインに達していないというか、ジュリアの不在そのものが僕の姿勢にすごく大きな影響を及ぼしていて、まだあまりそういう目線を持てていないなぁというのも同時に感じたので、そのへんは整理ができた後にまたライブを観てから考えるとしましょう。
当初は福井のフェスとかも行く予定だったんですが、まだあまりそこまでやる心境になれていないので、次はもう夏ツアーですかね。
夏ツアーを楽しみ切れるかと言うとやや不安なところもありますが、全く参加できない!みたいな感情でもないので、とりあえず自分なりに整理しながら、あるがままに受け止めようと思います。