いつも通りブツブツと言ってるので、否定的な話がNGな方は回れ右でお願いします。
もう今更ですが()
ふう。
ジュリアの卒業ライブが終わり、
ホームページのロゴもプロフィールも変わり、
CDTVで新体制の新曲お披露目を迎え、
そして4月1日、「『超』ときめき♡宣伝部」結成記念日に生配信が行われ、ツアーの予定が発表されるなど、本格的にジュリアがいない新体制が始動しました。
まずは、一連の諸々について思ったこと。
ジュリアがいないことで生じた感情ももちろんあるんですが、それはひとまず置いといて、まずはそういうのを抜きにした、純粋な感想からいきましょう。
〇テレビ出演と新曲
なんか、新体制のお披露目やその新曲初披露を地上波でやるのってあんまり好きじゃないというか、やっぱり「現場第一」「ファン第一」という感じではないよなぁ、と思ったり。
あとはこう、申し訳ないんですけど、新体制の船出としては厳しい曲だというのが第一の感想です。
ばんちゃんが退部した時は、ばんちゃんの退部はもちろん、コロナ禍の本格化により色んな意味で不安が大きい状況でしたが、その中で、新体制の1発目となった「トゥモロー最強説!!」に、すごく救われたんですよ。
それは曲自体のメッセージ性もそうだし、「とき宣は、とき宣が信じる道を明るく強く歩んでいくんだ!」という決意のようなものに、どれだけ支えてもらったかわかりません。
あのタイミングで僕がとき宣を信じられたのは、オタク的にも私生活的にもしんどいことが続く中でなんとか生きてこられたのは、あの曲が届けてくれる希望があったからだと断言できます。
でもそれを振り返ってみると、今回は、ジュリアが卒業して、でもこれまでずっと見てきたとき宣がどうなるんだろう、僕自身はとき宣にどう向き合っていくんだろう、という揺らぎの中でテレビを見たものの、正直に言うと、「あ、こういう感じね」としか思えなかったし、これならもういいかな、ジュリア推しとして綺麗な卒業を見られたから潮時だな、という気持ちになりました。
それは僕が冷めてしまったからなのか、それとも提示される姿勢や楽曲が僕と合わなかったからなのか、それは言い出したらキリがないというか究極的にはわからないことですけど、なんにせよ、転換点にある僕が新しいとき宣をテレビ越しに見た時に、以前のような強い感情がなかったのは否めませんし、この節目で僕に合わないものが出てきた時点で、もう「そういうこと」なのだと思います。
〇色々な発表
1日の生配信では、フリーライブ、CDリリース&特典会、さらに夏ツアーの発表がありました。
……が、うーーん。
まずジュリアが卒業した後のどうこう以前に、武道館の扱いが軽すぎて。。。
結成当初から長い期間目標として公言してきた場所のはずなんですよ。
生配信でツアーの日程を出して、「見て見てこれ!武道館!」みたいなノリで扱うようなものじゃないと思いますし、キャッチコピー然り、「夢」の中身然り、この転換点においても、自分が大事に抱えていたものがしれっと置き換えられて、それがなかったものかのようになったり、こうして雑に消化されたりするんだなぁと。
そして僕の本筋ではないんですが、特典会ももう安易に手が出せないというか、割高な上に新しい動画撮影はチェキと同じように入金後抽選というクソみたいな売り方で、なんか、武道館という大きな話からこういう特典会のディティールまで、「ジュリアがいなくなって離れてしまいそうだけど、でも新体制のスタートを見て考えよう」というほんの少しの希望すら折られるような、そんな印象がありました。
曲の良しあしや方向性というのは合う合わないがありますし、それはもうしょうがないと思うんです。
でも武道館をあんな雑な形で消化して、さらに特典会もまた入金後抽選、みたいなのは、そういう「好み」の問題を超えて萎える話なので、「今」この感じで来るのか、というのは正直思いましたね。
〇自分の受け止め
ここからはもっと個人的な、ジュリアという推しがいなくなった僕の心の持ちようの話です。
うん、上では色々書いていますけど、僕個人の心情を改めて可能な限り整理してみると、今ここにあるのは「怒ってる」でも「悲しい」でもなく、「むなしい」という表現が一番近いかもしれません。
もう全然自分事じゃないというか、どこか自分から離れてしまったような感覚があって、色んな発表があっても以前のように乗り気にはなれなくて、(少しピントはずれますが)上で書いたような感情も、「それはあり得ないでしょ!」という怒りじゃなくて、「あ、そうなのね。じゃあもういいです」というか、そういう方向に向かっている気がします。
あと、うん、あんまり心が動かないんですよね。
ツアーの日程も、普段であれば全部行く前提で、どうしても仕事が……みたいな形でやむなく「引き算」をする形で考えていたんですけど、配信での発表を受けた時の僕は、「最近このへん旅行行ってないしここは行こうかな、他はもういいや」という程度にしか思えませんでした。
これまではそれ以外の部分で色んな引っ掛かりがあっても、ツアーの話になるとある程度以上に「入る」ことができたというか、そこは大事にできていて、自分のものだという感覚とやり切る熱意もずっと持ってんですが、もうその外側にいるんだな、というのは、ここで改めて感じました。
2025年の夏くらいまであった「自分が見逃した時に大事なことがあったらどうしよう」とか「この曲をやる瞬間を見逃すわけにはいかない」とか「とき宣のワンマンライブは可能な限り全て現場で味わっておきたい」みたいな切迫感はもう完全になくなってしまっていて、別にそれで自分が参加しなかったところで、たぶんもう後悔することはないのだろうと思います。
というか「行きたい」というモチベも、「この地域に行きたい」みたいな旅行ベースの動機のオマケとしてライブがあるみたいな状況になってしまっているので、もはやそれってどうなんだ?というレベルです。少なくとも、以前みたいな心からのモチベではないかな。
ツアーの日程が出た時に、これまでとはもう「見え方」が全く違うんだということを改めて実感しましたし、あの「熱」がもう自分から完全に消えてしまったのかと思うと、なんだかむなしいというか、本当に終わったんだなぁという気持ちです。
これまでもモチベの変遷は色々あって、若干「無理しない」やり方にしていた時もありましたけど、今のこれは、そういう経過とは全く質が異なります。
今はジュリアの節目の直後なのでまだこうして色々と書いてますけど、たぶんこれが一段落したらもう「書こう」と思うような熱量にもならない気がしてますし、ジュリアがいないとき宣が歩むこの道の先に、もう僕にとっての「ときめき」はないな、と、そんなあきらめに似た感情もあるかもしれません。
近い場所で開催されるフリラも、朝から並んだり立ち位置を考えたりという「面倒さ」に負けそうなモチベしかないし、あと、武道館もそもそも申し込むか微妙なレベルです。
その前日に結婚式に誘われてるし、休みも取らなあかんしなぁ、という日程だけの都合ですら今の僕には高いハードルになっていますし、あと、うん、何より、ジュリアがいる6人で立たなかったやん、という感情があって、ジュリアがいなくなった後の武道館に、僕はそこまで熱意を持てない気がします。
そしてそれが上で書いたように「雑」に提示されたのであればなおさらです。
僕は、ジュリアがいる6人で武道館に立ってほしかった。ジュリアが武道館に立つ姿を見たかった。
ジュリアがいなくなった直後に「ツアーで武道館に行くよー」と言われても、僕の立場からしたらすぐに前向きには捉えられないです。
ジュリアがいる時にそれをやってほしかったし、せめて、もっと大切に扱ってくれていればまだもう少し変わったかもしれませんけど。
もちろん僕にはおはるというもう1人の大切な推しがいて、「おはるがいるやん」という話をされるかもしれませんが、そう簡単な話でもないんですよね。
極端な例になるかもしれませんが、「グループをやめて別の場所で活動するようになった推しを同じ熱量で追いかけるか?」という例えだと、少し近いかもしれません。
(書きながら考えているので的を射てないかもしれませんが……)
僕は「おはるとジュリアがいる『とき宣』」にいる「おはる」と「ジュリア」が好きで応援していたのであって、今の状況は、「僕にとってのとき宣」とは違う場所にいるおはるなんですよ、たぶん。
もちろん彼女のことはずっと応援していますけど、僕が「熱」を注ぐとき宣ではなくなった、だからそこにいるおはるに同じだけの熱量は注げなさそう、ということなのだと思います。
また、詳しくはライブの感想でも書いたので省略しますが、やっぱり僕にとってジュリアは「僕のストーリー」と重なる部分の象徴だったので、そのジュリアがいなくなったことで、僕にとってのコアにあるものが綺麗に終わってしまったような感覚もあって、それはグループ全体を見る上でのモチベに大きく影響している気がします。
だって、GAMUSHARAとかドンフィクションをやってくれたって、そこにジュリアがいなかったら、ねえ。
楽しいのは楽しいと思いますけど、ジュリアの卒業ライブのように「そこ」に焦点が当たることはもうないでしょうし、何より、ジュリアがいたころを「超える」ことはもう二度とないだろうし、という感じです。
ふう、なんだか取り留めのない話になってしまいましたが。
要約すると、新体制のお披露目でライブの予定もたくさん発表されたのに、今までみたいにテンションが上がりませんでした、というだけの話です。
このテンションで、新体制を現場で見る心境も知らない状況で、もうツアーの申し込みが始まるというのは結構難しいというか、楽しめるかわからない状況で選ばないといけないのは大変ですね。
なんだか、「むなしさ」という点ではジュリアが卒業したその時よりも今の方が強い気がしていて、それを自分が一番ハッキリ突き付けられたのは、やっぱり、「ツアー」のお知らせを見た時の心の高まりが、以前と違って全く失われてしまっていた瞬間のような気がしています。
高まらない自分に少し悲しくなったし、もう完全に変わってしまったんだなぁ、ここでモチベ上がらないのはもう本当に終わりだな、と、なんかそんな感じの心境です。
まぁこうして色々言ってますが、実際にライブを観たらまた変わるかもしれません。変わらないかもしれません。
なんだかんだ、まだ今は僕も色々と考えながら、ジュリアの卒業を直で受け止めながらの状況なので、もう少し時間が経ったり、新体制の現場を見たりしたらまた別の感情が生まれるのでしょう。知らんけど。
なので以前も話しましたが、今の感情は今の感情として書き残しておきつつ、でもそれに縛られすぎず、この先の自分の心の動きに素直になっていこうと思います。
全く関わりを断つというほどの気分でもないというか、なんだかんだで多少は行こうという気持ちはあるので、気が向く範囲でイベントやツアーの申し込みをして、気が向くなら行ってみて、その中で色々感じるものを大事にしていきましょう。
以上です!