こんにちは。

今日もご覧いただきありがとうございます!

 

 

さて今回は最近割と話している、しかもちょっとネガティブめな話なので、

まぁだめな方は読み飛ばしてください、ということで、はい、はじめていきましょう。

※この文章を書いたのは新アー写とかが出るより前のことで、

今と多少状況が違うかもしれませんがどうかご容赦を。

 

 

 

 

 

 

というわけで早速なんですが、こないだラジオで新アルバムの話をしている時に、

おはるが「かわいいをまた更新してる!」みたいなコメントをしてたんですよ。

もうね、これはもう完全に難癖レベルなんですけど、直感的に、

「更新するのはかわいいなのね」という感情になってしまったのです。

 

トゥモロー最強説では「最強を更新」と歌っていて、

僕はそのひたむきな姿に強く心を打たれたんですけど、

いつからかその対象は「かわいい」になっているのかな、と、

なんだかそういうコントラストが端的にあらわされた気分になったというか。

 

 

 

 

 

 

もちろんとき宣のかわいい側面も嫌いではないんですが、やっぱり僕は、

どんな状況でもひたむきに努力して「青春の汗をかく」姿に感動して、

この人たちの青春や描く未来を見続けていたいと思ったんですよね。

特に「トゥモロー最強説!!」は僕の人生の支えになっている曲で、

この曲があったから今があるといってもまったく過言ではありません。

 

別に「最強を更新」という言葉も最初から突き刺さっていたわけではありませんし、

今はかわいいという概念が「最強」に包摂されている部分はあるでしょう。

でもなんかね、本当にごく主観的な感覚として、

「最強を更新」と力を込めていたあの瞬間とどうしても比べてしまって、

なんだか自分の想いとズレている感じが多少なりともあるんですよ。。。

 

 

 

 

 

 

ここまで考えたときにふと思い至ったのが、「ときめく」って何だろうな、と。

もちろん「ときめき」はひとつに定まるものではなくて、

ちょっとしたことから人生を左右するものまで、かわいいものからかっこいいものまで、

本当に人それぞれに感じることなのだとは思いますが、

ううううん、これも個人的な印象論で言うと、

かわいい!ときめく!というのは、ちょっとなんか安易すぎやしないか、とも感じます。

 

まず小さい部分で言うと、ときめきってそういうかわいさだけにあるものじゃなくて、

ふとしたかっこいい表情だったり、迫力のあるパフォーマンスだったり、

熱くも爽やかな青春の雰囲気だったりと、

とき宣が真正面から生きる道の中での色んな要素が「ときめき」だという感覚もあります。

ありがちで形式的な「ときめく≒かわいくてキュンキュンする」じゃなくて、

その瞬間にハッと息をのんで心が動く、弾む、

そんな色んなシーンがときめきを作っていくんじゃないかというイメージですね。

 

 

で、もっと大きな意味で自分にとって本質的なところもありまして。

上で述べたような小さなときめきはもちろん、僕がとき宣に感じてる本質的な「ときめき」って、

もっと心の底が動かされる感じというか、

とき宣の生きざまに日々を生きる元気をもらったり、

とき宣が自分の根本を揺さぶってきたり、いいようもなくとき宣の青春が輝いて見えたり、

そういう自分自身の芯のところに響く感覚が、僕にとっての「ときめき」なんですよ。

あ、この衣装かわいい!ときめく!というのも小さなときめきのひとつだとは思いますし、

それ自体を否定する気は全くないのですが、こうなってくると、

僕の思うときめきと今提示されるときめきは、なんか違うんじゃないだろうか、

と少し不安になることすらあります。

 

約1年半前あたりは、アルバムが「ときめきがすべて」というタイトルになったり、

リード曲の「エンドレス」では歌い出しが「ときめいて」という歌詞になっていたり、

(多少露骨なきらいはあれど、)とき宣なりの生き方が「ときめき」を形作るという趣を

勝手に感じていたのですが、今はその概念ととき宣そのものがちょっと乖離しているというか、

なんとなくそんな印象もなくはないですね。

 

 

 

 

 

 

もちろん今も応援する気はありますし、

ライブに行けばこれ以上ないときめきを感じることはできているのですが、

活動全体を通した流れとか、ライブ以外の色んなシーンとか、

そういった部分で「あの時みたいにときめいているか」と言われると、

すぐ首肯できない状態にあるのは否めません。

 

それにはきっと僕の個人的な状況も関係していて、2020年初頭は沼にハマった直後で、

しかも個人的な環境も社会的な状況もたくさんの困難があって、

そりゃそのタイミングの方が感じるものがあるというのも、ある意味当然の話です。

でもそのへんを差し引いても、今のとき宣の在り方に心から今まで以上にときめいているか、

100%の向き合い方をできているかと言われると、ううーーーーーーむ、、、。

 

 

 

 

 

 

 

だからといってすぐに他界するとかそういう気はないのですが、

以前にたたえていた熱量とか、とき宣という存在に感じるときめきとか、

そういうのが今後どうなるのだろう、というのは少し感じますね。

 

 

なんだか辛気臭い話になってしまいましたね。さーせん。

以上、今回もお読みいただきありがとうございました!