共産主義の理論でいえば、「共産革命」は資本主義が発達した国でおこるはずでした。しかし、「共産革命」は資本主義が発達したイギリスではなく、農業国であるロシアで起こりました。何故そうなったのか?そこには以下のような要素がありました。

 

1「理屈で社会を改造できる」という思い込み

 

17世紀にニュートンたちが科学(物理など)を発展させ、世の中を劇的に変えました。これを見た当時の人々はこう考えました。

「自然界に法則があるなら、人間社会にも法則があるはずだ。数学や物理のように計算すれば、社会の正解(最適値)も導き出せる。そうすれば、ダムを作るように計画的に、理想の社会をデザインできるはずだ」

 

2 なぜロシアで共産主義が花開いたのか

西ヨーロッパと違い、ロシアは「理屈(ロジック)で真理を見つける」というギリシャ的な考え方を強く受け継ぎました。また、古い王様の支配(王権神授説)を打ち破るために、神様や伝統を否定し、「目に見える物質と理屈こそがすべて」という唯物思想を熱烈に受け入れました。その結果、極端な社会理論である「共産主義」が、ロシアという土地で爆発的に広まったのです。

 

3「理性の万能感」の終わり

トロツキー(革命家)が言ったように、近代ヨーロッパが生んだ極端なアイデアのうち、「技術」はアメリカへ、「思想(共産主義)」はロシアへと輸出されました。しかし、共産主義国家が後に崩壊した事実は、「人間の理屈だけで、複雑な社会現象のすべてをコントロールできる」という思い上がりの終わりを意味しているといえます。

 

一言でいうと、「科学が進歩したせいで、人間は『社会も計算通りに動かせる』という勘違いをして共産主義を作ったけれど、結局人間社会はそんなに単純じゃなかった」ということです。