決死の思いで | tokchanの人生模索中

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19歳にうつ状態・社会不安障害(SAD)と診断されてからの人生。
進路を右往左往しながら、将来はうつ病やSADのメカニズムを明らかにしたい大学生の日記。

 自分がすべていけないと言えばそうだし、実際そうなんだろう。


更新をしない間、悩んでいました。


奨学金の問題以前に、体調が持たない。薬も徐々に増えている。


大学を辞めて、しばらくはアルバイトをして、余力が出てきたら、正規雇用の自分にできる仕事を探す。


そう決めた。決断を下すまでには、2~3か月かかった。カウンセラーの方を相談しながらという過程はありましたが。辞めることがどんなに悔しいか。


そして、親に報告しなければならない。報告のため、年末年始のため12/20に帰省する。


たかが親と話すだけですが、自分にとってはものすごく怖い。特に父親。普通に会話なんかしたこともない。あんなことがなければ、もう少しは・・・。


12/24の夜にやっとの思いで、話を切り出す。言う前から涙は止まらない。でも、泣きながら単語だけの状態だが、言えることは言った。


「なんでそうやって逃げるんだ、友達はいないのか、人が嫌いなのか、冗談が言えないのか・通じないのか」怒った口調で聞かれた。


「逃げてない、できそうなことはやった。友達はいない。人が嫌いなわけではない。」弱々しいが答えた。


さらに、「バイトをする」ことも伝えた。


しかし、「バイトで稼いだ金は俺が貰う」と言われた。


ここで、自分が全否定されたように感じた。


自分にとって、今までやった棚卸のバイトは、おそらく自分で「やる」と決めて、初めてそして唯一続けることのできた事。職場には少なからず、認めてくれる人がいる。それが何よりもうれしかった。


自分で貯めたお金ですきなものが買えた達成感、今までの人生で1番うれしかった。


お金を少しずつ貯めながら、奨学金を返還するつもりだった。なんでもできるわけではないが、家の手伝いもするつもりだった。


だけど、全部持っていかれる。


もう楽しいことなんかない。


楽しいことなんてないと分かって、バイトをしても続くわけない。唯一といっても良いくらい、バイトは自分にとって居場所だ。


もう駄目だ。


24日の夜から26日の朝まで部屋に引きこもった。


その間、首吊りとか窒息死を検索ワードに調べていた。


アホなんです。この時はこんなことしかできなかった。


そして、26日AM9:30ごろ、この家には居場所はないと分かって、外に出る。



AM10:00 なけなしの定期預金を中途解約する。

  10:30 長野駅から長野⇔松本線の高速バスに乗車、松本へ

PM12:40 松本駅到着。しばらく駅周辺をうろつく。

  14:00 誰もいるはずのない大学のカウンセリング相談室へ藁をもすがる思いで電話する。

       結果、やっぱりいないことが分かる。

  14:40 名古屋に行くか千葉へ行くか悩んだ結果、千葉方面へ向かうと決める。

       特急あずさに乗車。

  17:50 新宿で中央線(快速)に乗り換える。途中、四ツ谷駅手前で、涙がどうにも止まらず、次の

       御茶ノ水駅で下車、トイレへ駆け込む。

  18:20 少し落ち着いたところで、御茶ノ水駅で総武線(各駅停車)に乗り換える。千葉駅へ。

       でも、涙は出てくる。座席に座って、うつむいて必死に隠す。でも、千葉駅まで持たず、津田沼

       駅で下車。




何とかしたい。