いつものスーパー「とりせん」で、豚ヒレブロックを買った。
正直なところ、味にはそこまで期待していなかった。ヒレ肉は脂肪分が少なく、普通に焼くとパサパサしがちな、扱いの難しい部位だからだ。
しかし、今の我々には科学と最新テクノロジーがある。
塩分濃度は、人間の体液に近く食材の旨味を最も引き出す「0.6%」に設定。
計算し尽くされた2.2gの塩とニンニク、オリーブオイルを、妻と2人がかりで素手で肉に徹底的にすり込んだ。
愛と論理の力技である。
準備は万端。
あとは文明の利器、ヘルシオ大先生の「ローストポーク」ボタンを押すだけだ。
「ピッ」
軽快な電子音とともに液晶パネルに表示された数字を見て、我が家の時が止まった。
【1時間36分】
……えっ?
いやいや。いま18時半なんですよ。
焼き上がり、20時過ぎるじゃないですか。
「低温でじっくり火を通すことでしっとり仕上がる」
理屈はわかる。非常に論理的だ。だが、お腹を空かせた家族の夕飯には絶望的に間に合わない。
最先端の過熱水蒸気調理は、我々に圧倒的な「待ち時間」というスパイスを要求してきたのだ。
結局、その日の晩御飯は急遽カレーになった。
ヘルシオの稼働音を聞きながら食べるカレーも、なかなか美味かった。
ーーそして翌朝。
一晩置かれ、すっかり落ち着きを取り戻した豚肉がこちらである。
なんか、めちゃくちゃ美味しそうに仕上がっている。
表面の黒こしょうとニンニクの焼き色。切る前からすでに伝わってくる、ヒレ肉とは思えない圧倒的なしっとり感。
想定外の1時間半が、いつものスーパーの豚肉を「朝から食べるちょっといいお肉」へと昇華させてくれたようだ。
テクノロジーは時に残酷なスケジュールを突きつけてくるが、最終的には結果で黙らせてくる。
さて、今朝は少し厚めに切ってやろう。
