学校が苦痛の場所になった瞬間、勉強もどうでもよい存在になった。

小3の春、転校先のクラスで、授業中、後ろからコンパスで突かれるなどの嫌がらせを受けた。

担任に訴えるも「お前が馴染もうとしないからだ」と逆に怒られる始末。


学校に逃げ場がなくなった私は、意識もしないのに朝起きると頭痛や腹痛に見舞われるようになった。


しかし、学習が遅れることなどを心配したのか、母は頭痛がするから行きたくないという私を玄関に引きずっていき、学校に行かされた。


苦痛以外ない学校での時間…。


もちろん、授業なんて少しも頭に入らない。


この繰り返しの三ヶ月。


ようやくクラスに馴染み、新しい友達を作れたのは半年が過ぎた頃だった。


しかし、遅かったのだよ。

半年近くの苦痛、茫漠の時間は、学習の遅れを取り戻すにはかなりキツい状況だった。


その後、仲の良い友達ができたことで学校に行くことにはさほど苦痛は感じなくなったが、先生嫌い、遅れてしまってついていけない勉強嫌いは治らなかった。

学校嫌い、先生嫌い、勉強嫌いを抱えたまま、迎えた五年生…たまたま受け持ってくださった先生に私は救われた。


学校って楽しいもんなんだ、先生にも優しい人(怒れば怖かったけど、普段は優しい)がいるんだ…ようやく解放された気がした。


遅れた学習を少しでも取り戻そうと、放課後等に先生は熱心に指導してくださいましたが、やはり遅れの壁は大きく、厳しかった。


この経験があるからこそ、今の息子の状況は、彼の心を休ませ、大人はまず根幹にある学習への違和感を緩和し、彼自身が自主的に学校に足が向くよう、見守る必要がある。


昨日話した学年主任の先生や私の母は、学習の遅れやクラスでの関係が難しくなることを懸念し、早く学校に来るような方向を重視するが、その基本的考えは同じでも、それ以前の問題として横たわる学習へのフラストレーションを少しでも緩和することを最優先と考える私とは微妙にズレがある。


母には「学習と彼の心とどちらが大切なことなのか」と厳しく言い放ってしまったが、それが現実なんだと思う。


学習の遅れがいかに厳しいものなのか、ということを痛いほど知っている私だって、焦りはある。学校の先生や母に言われるまでもなく、いや、先生や母以上に知っている。


「だからこそ」の休息なんだ…。


4日休んだ息子は、なんとなく今月の給食の献立を見て、「行ってみようかな…」と初めて言った。


きっかけは何でもいいのだ。


「行ってもいいかな」って思ってくれたことが第一歩なんだ。


その一歩を踏み出すのは結構しんどいことも分かるから、強制にならないよう考えながら促すしかない。


4日休んだ彼自身、最初こそ嫌だから行かなかった訳だが、休んでしまった数日を経て、何となく行きにくい、気まずさも感じている。


母が当時の私に与えてくれた足かせや鞭ではなく、私たちは、いたんでる彼が再びうまく飛べるようちょうどいい追い風を吹いてあげるしかない。