価格高騰が続くウナギの産地偽装も相次いでいる。


シラスウナギの激減でウナギの養殖産業が大打撃を受けているが、シラスウナギそのものは、台湾や中国で養殖しているものも日本で養殖しているものも同じ起源のものであり、仕入れ価格で中国産の方が安価にはなるものの資源の根幹は同じ。


 すでに環境省がレッドデータブックで絶滅危惧種にしているように、資源そのものが枯渇状態にある。これは、ヨーロッパウナギもアフリカウナギもアメリカウナギも同じようで、世界中でウナギそのものが消滅の危機にあるといえる。


 しかし、毎年毎年、土用の丑の日を迎えるころになると、「ウナギの価格高騰!」といった見出しが増え、関係業界の「困った」という声や、消費者の「困る」といった声が取り上げられるが、個人的にはうんざりだ。

ウナギの資源量減少はここ数年で言われてきたものではない。私が子供の時分から少なくなってきたと言われていた。

 ウナギの場合、親魚から卵を取り、育て、また親にして一部を種魚にして卵を採るというサイクルではなく、天然魚にしても養殖魚にしても元は天然産を起源にしているため、天然産が減れば、自然と養殖産も減る訳だ。

 自然に依存したウナギの食文化は、資源がなくなれば終わり。困るではなく、「どうすれば増やせるか」という議論にならないのはなぜか?

 ウナギを食べなくても人は生きていける。しかし、一度絶滅させてしまえば、二度と味わうことはできない。
 トキのように遺伝子的に同じ種がたまたま中国に生息していて、それを佐渡島に放鳥することで、見かけ上は復活させることができる種もあるが、ウナギの場合、さきほども挙げた通り、台湾、中国でも同じ状態。

 かつて、日本海ではハタハタが捕れなくなり、長い年月、禁漁にしていた時期があったと思う。資源量を増やすための苦肉の策だった訳だが、それが功を奏して何とか漁をできるようにまで回復した事例だ。

 ウナギの場合、資源そのものの乱獲とともに、天然産の健康な親ウナギが育つ河川環境の変化が追い打ちをかけている。たくさん取られる挙げ句、住む場所までなくなっているというのがウナギの事情だろう。

 私は絶滅危惧種になった時点で、ウナギは食べないことにした。大好きなウナギが食べられないのは寂しいが、絶滅させてしまったら元も子もない。

 代わりにアナゴやサンマ、イワシのかば焼きを食べれば良いと思うし、栄養面だけ考えれば、豚肉で十分に補える。

 クロマグロでも似たような新聞見出しになることが多いが、産業や消費者が困ることと、種が絶滅の危機にあることを同列に扱うこと自体、間違っている。

 他の物を食べたって生きていけるのに、少しの欲を満たすために種を危機に陥れるのはどう考えたってバランスがおかしい。

 「ウナギは資源量が回復するまで採取禁止」と大胆にするべきだと思う。