公営競馬から中央に移籍して活躍する馬には、なにかしら数多くの凡人を引き付けてやまない何かがある。

中央競馬のエリートに挑む地方馬の姿に、日の目の当たらない多くの凡人は自らを重ね、這い上がっていく姿を応援するのだと言われる。


大井からきたハイセイコーや、笠松のオグリキャップ、大井のイナリワン、笠松のライデンリーダーらがまさにその象徴だ。


だが、公営に所属したまま中央G1を勝つ馬は少なく、後にフェブラリーSを勝つ岩手の星・メイセイオペラくらいしかいなかった。ましてや、4歳クラッシックは夢のまた夢のようなものだ。


そんな中、道営からの挑戦者にクラッシック制覇の期待が注がれた。



彼の名は「コスモバルク」。


2歳(旧3歳)時に中央に挑んだ彼は、初戦の東京競馬場での百日草特別で、中央期待のハイヤーゲーム、続く阪神競馬場でのG3ラジオたんぱ2歳ステークスでやはり中央有力のミスティックエイジら、中央のサンデーサイレンス産駒を撃破した。


どちらも先行押しきりの横綱相撲。百日草特別は現地で見ていたけど、前述したエアグルーヴのいちょうステークスを彷彿とさせる凄みを感じたものです。


明けて3歳(旧4歳)には皐月賞トライアルで、やはり中央期待のメイショウボーラーと激突。これにも勝利を収め、道営所属のまま一躍、クラッシック最有力候補になりました。


通常なら中央の武騎手等、中央のトップジョッキーに乗り替わることが多いのだけど、コスモバルク陣営は道営の五十嵐騎手を背に、中央クラッシックに挑むことを決め、これがまた競馬ファンの心に強い印象を与えてくれました。

しかし、道営のままクラッシックに挑むということは、レースのたびに北海道と関東、関西を移動することを意味し、その移動分だけ時間的、精神的負担が中央所属馬よりもずっと大きく、無謀な挑戦という専門家の声もあった。中央に移籍すべきという意見も少なくなかった。


しかし、コスモバルクは類い稀な精神力でクラッシックを戦い抜きました。

皐月賞ではダイワメジャーに敗れ、2着。日本ダービーは、現在種牡馬としても大成功をおさめているキングカメハメハの前に8着。続くクラッシック最終戦菊花賞では、トライアル・セントライト記念をレコード勝ちして挑むも、本番ではデルタブルースの前に完敗し、道営馬中央クラッシック制覇の夢は潰えました。

しかし、コスモバルクは頑張った。


さらに中央の国際G1ジャパン・カップにも挑戦し、当時の世代最強馬ゼンノロブロイの2着になるなど、能力の高さを類い稀なる根性でファンに見せてくれました。

しかし、コスモバルクはこれ以降、かつてのような輝きを見せてはくれなくなりました。


これは私感ですが、やはり3歳クラッシック、ジャパン・カップと、過酷にも道営から挑戦し続けたことによって、肉体も精神も燃え尽きたのではないか…と。

道営競馬にも夢をと、こうした決断をされたオーナーの気持ちはよくわかります。コスモバルクもまた、オーナーやファンの思いを充分に理解し、頑張ったのだと思います。


輝きを失ったコスモバルクが、それでも以降も中央G1に挑戦し、走り続け、惨敗し続ける姿は、あまりに痛々しく、見ている方も辛いものでした…。


しかし、彼が道営所属のまま、中央クラッシックの最有力馬として輝きを見せてくれたことは、競馬ファンの1人として決して忘れられないでしょう。