最近、中学生くらいの年代の児童が、年下の子供(小学校2年!というケースもあった!!)や老人に暴力ふるう場面を面白半分に動画撮影し、動画サイトに投稿するというケースが増えている。

これは、日本だけでなく、アメリカでも似たようなケースがあるようで、多感で不安定な年代の子供たちの心の問題が懸念される。


今、大津市の中学二年生自殺事件で、改めて改めて問題が議論されている「いじめ」問題であり、国民一人ひとりが考えなければならないことだと思う。


しかし、「いじめ」は、私が中学生の頃に起きた「鹿川君事件」以来、ずっと問題視されながら、何も改善できていない。これは何でなのだろうか…。


弱い者いじめは、情けない奴、弱虫がやること…という倫理観はいったいどこへ行ってしまったのだろう…。

世界的にこのような風潮があるのは情けない。

目を転じれば、大人自身が様々な形で「弱いものいじめ」をしている風潮がある中、子供たちのこうした事件は、その大人たちの行動を映す鏡に過ぎないとも言えるが、体格の大きな男子中学生が力の弱い小学生相手に暴力をふるい、笑いながら動画を撮影するとは、言葉は適切ではないかもしれないけど「気色悪い」。本当に「情けない奴」だと思う。

加害者側にどんな理由(親からの虐待やネグレクトなど含め)があろうとも、関係のない、自分より小さく力が弱い存在に対し、暴力、恐喝など行うことは認められない。


どうしてこんな簡単なことが分からぬのだ?そこまで脳みそが委縮しているのか?…。

一児童の親として、子供たちのこうした腐食していく心の問題は他人ごとではない。

心の腐蝕は、痛みも感じることができなくなり、また痛みを想像することもできなくなるほど、「退化」を進めたというのか?。


どんなに物質的に進化しても、人自身の心が退化してしまったら…もはや、考える存在である人は意味をなさなくなり、自然淘汰の原理が働く野性動物に回帰するしかないではないか…。