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猫慣らしのブログ

猫慣らしがお世話になっている皆さんにお話

夏休みの宿題で、

漢字の練習帳を、丸々一冊書き写す、ってゆーのが、中学生の時にありまして、

親戚のうちで、お出かけする前に、これを終わらせないといけない、と、課されたんだけど、大体、順調に進んだが、最後の4ページになった途端に、

急に手が動かん、と言うか、書き写すだけなのに、スゴイ苦痛、

ってなって、悶絶した挙げ句、

…多分、何とか終わらせたと思うんだけど、


なんだろ。

この、

後ちょっとで…


ってなった時からの、この苦痛なのは。


実は、

初めて80号の絵を市展に提出した時、

一部分、

塗ってないトコロがあって。

知らんオッチャンに指摘された(笑)


後で塗ろう、と、思って居たのか、もう、

はなから塗る気がなかったのか…。

今となっては定かではないですが。


後ちょっとの苦痛が半端なくて、

また、塗り残しをやらかしてしまいそうだ。


という、絵を描いているときの思いが、

いつも、

中学生の時のあの、宿題の思い出とセットで湧いてくるんですけど。


そういうのって、ないですか?


ワタシだけ?


↓今日の描きさしの作品です。

(左手がまだ取りかかっていないやつ。)





今日はちょっと描くのが楽しかったです。



切り上げるタイミングってゆーのは、

別に、「ここまで描けたから…。」

ってゆーんじゃないんですよね。

疲れたかどうかも、自分で、よく分かんないのですけどね。

満足しているワケではないのですけどねー。


↓これは、数日前に描いた下書きです。

余りにもカタチが取れん過ぎたので。


補助線欲しいなー。

と、思いまして。




さてさて。

ちゃんとさいごまで描けると良いのですが…。

今日は緑色をのせてみました。


絵画教室で、人物写生会の流れで、人物を油絵で描いてる際、この、写真をひたすら真似して色をのせる

ことに、一体何の意義が有るんだ…

と、考えて始めて、描くことが苦痛でしかない時期がありました。


指導者の指導にワケわからずに従う、という、状況のせい、も、あったかもしれませんが。


今でも時々、

ワタシは何をやっているんだ…

と、疑問が湧くこと、ありますけど、


やっぱり、


●絵にのせて伝えたいナニカがあること、


●自分の自由意思を反映することが出来ること


それが、ないと、絵を描くのって、つまんなくなっちゃうんじゃないかなー。

って思います。

あと、

コノヒトの絵、凄いなー、っていうのにひっぱられて、あー、でも、描けん…。

ってなったら、


真似をするんじゃない!!自分の絵を描くんだ!!


と、初心忘るべからず、と、自分に言い聞かせて新たな気持ちで取り組んだりしてます。


そんなふうに~。

いつまでも~。


迷いながら描いてるヒトです。



さいごに、唐突ですが。

久石譲(凄すぎて敢えて敬称略したい)

ってスゴイ~。