8/12 当然のように朝帰り | 圧倒的な愛され妻に大変身! 〜あなたへ贈る、魔法の言葉〜

圧倒的な愛され妻に大変身! 〜あなたへ贈る、魔法の言葉〜

<これは大都会の第一夫人卒業物語でもある>
結婚一年後に愛人に子どもが誕生。二つの家庭。状況は何も変わっていないけれど、旦那さまと子どもたちと、幸せでいられる毎日になりました。

わかってたことだけど、当然のように朝帰りな面会交流日。


そして、面会交流の日は、出ていってから、一切の連絡(返信)はなかった。


「一週間、一ヶ月、一年、もっと長い単位で考えて 」と置き手紙には書かれてた。


結婚ってなんなんだ?


彼のなかには
“二つの家庭をうまくバランスとってまわさなきゃ”
という思いがあるんでしょうか。

彼のなかでは“脇役”ではなく“もうひとりの家族”なんでしょうか。

脇役も“わたしと彼は家族(だからもっと主張していい)”と思ってるんでしょうか。



「結婚に執着しないでほしい。」「親子、おやだから、とかよりも、人としてのほうが大事とおもうこともある」


わたしにはよく理解できなかった。何をさしてるのか、なにを言いたいのか。 


家に子どもと置き去りにされている、そんな気分。
家族だから、いないときは子育ての一切を引き受けてる。自分を犠牲にして。


あぁ、これか。


“子育てで自分を犠牲にしてる”


わたしはそう思ってるんだ。
好きに時間を使えない。
思い通りに物事を進められない。
私がどうしたいかは後回しで、三人の話をきかなければいけない。
やりたくないっていっても、毎日世話しなきゃいけない。


家族(夫)がいるから、産もうと思った。手伝ってもらえると思ったから。一緒に考えてくれる、助けてもらえる、って思ったから。家族ってそういうものだと思ったから。


でも彼のなかでは違うんだろう。


彼に父親はいた。
でも母親に「うちは母子家庭だったから」といわしめるほど、子育てには協力しなかったらしい。バブルの頃、それこそ朝から晩まで仕事して、土日は疲れて寝ている、そんなだったって。

でもそれって家族のため、だよね。


彼のしてることは、家族のため??



あぁそうか、“二つの家族のため”だ。



だから、私も、その家族のために、がんばれ、ということか。。。


あちらも家族と思えばいい、そういうことか。。。



“妻”の座はひとつ。
だけれど、家族はこちらとあちらと、全部合わせた、7人。


そう理解するのが、この場合分かりやすい、自分を納得させやすいのか。






わたしは、本当にその道をいくの????