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潜水服はモスラの夢を見る

主に映画の感想を語るブログです。

*本記事は2018年4月22日にyahooブログにアップしたものです。yahooブログ閉鎖に伴いこちらに転載しました。

ラブレス

 

監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ

脚本:オレク・ギネン、アンドレイ・ズビャギンツェフ

出演:マリヤーナ・スピヴァク、アレクセイ・ロズィン 他

 

あらすじ

大企業に勤めているボリスと美容院を営むイニヤの夫婦には、12歳の一人息子アレクセイがいるが、どちらにも新しいパートナーができて離婚協議中だった。離婚後の生活にアレクセイを必要としない二人は、ある夜激しい口論の末に息子を押しつけ合う。翌日、学校に行ったアレクセイの行方がわからなくなり……。(シネマトゥデイ)

 

評価:★★★★☆

 

こういう後味悪い形の映画は大の苦手なのですが、たまにはこういう大人の映画を観なくてはとふと思い立ち、『レディ・プレーヤー・ワン』を口直しに用意して観賞しました。案の定観なきゃ良かった…と思いましたガーン

予告編に“自分を愛しすぎる私たちが今観るべき衝撃作”というナレーションが入りますが、これがまさにこの作品を端的に語っていると思います。私はこの作品のテーマは「無自覚な利己主義の怖さ」ではないかと思います。

主人公夫婦は息子に自分達の口論を聞かれてしまったことに気付かないですし、失踪した息子を探している間にもその可能性に思い至らないのです。今作の中には「電車の中でイヤホンの音漏れを気にしない人」「目撃情報を求めるチラシを別段気に留めないない人」「酔っぱらって捜索隊に絡んでくる若い女二人組み」というように何気ないことなんだけど他人に迷惑をかけていたり、他人の不幸に鈍感だったりする人が時折描写され、こういう他人に対しての鈍感さというのは、実はこの夫婦の息子に対する鈍感さと地続きにあるということが示唆されています。

ちょっと説教くさい感じがしなくもないですが、伝えたいことは良くわかります。主人公二人の描き方、音楽、画的な不気味さ不穏さ等、良いところがたくさんある映画だと思います。でも2度と観たくない
ショボーン

 

*ここからネタバレあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ネタバレ
イニヤの母の家、友達と作った秘密基地、近隣の病院、通学路の森…といたる所を捜索しますが、結局アレクセイは発見できず、最終的には遺体で発見されます。

 

◆感想(ネタバレあり)
主人公二人の描写が面白いと思いました。イニヤ(母)はアレクセイ(息子)に対して愛情のない冷たい母親として描写されます。youtubeで公開されている本編映像の会話はその最たる場面でしょう。

イメージ 1

物語が進むにつれてイニヤも実は愛情のない母親に育てられた身であることがわかってきます。イニヤのアレクセイに対する態度は母親のイニヤに対する態度と鏡像になっているのです。この親子についての描写の中には父親の存在がありません。イニアが新しい恋人として年上の男性を選んだのは、不在の父性のようなものを求めていたからなのかもしれません。

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一方のボリスは最初は穏やかそうな人物として描かれているように見えるのですが、アレクセイが行方不明になった後からは彼の責任感の無さが次第に顕在化してきます。アレクセイの失踪にイニヤは動揺してすぐに警察に電話をするのに対し、ボリスは「すぐに帰ってくるんじゃない?」「今会社なんだけど」という調子で全然心配しようとしないのです。イ二ヤはイニヤで別に愛情のある母親ではないのでしょうが、かろうじて母親であるという責任は伴っているのに対し、ボリスは父親であることの責任を最初から割と放棄しているキャラクターなのです。実は今作でボリスとアレクセイが会話をするシーンは全くありません。

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アレクセイを探して廃墟の中や森を歩くシーンでもボリスは完全に捜索隊の一員に溶け込んでしまっていて、息子が行方不明になってしまった当事者のようには映っていません。

ボリスの恋人は物語開始時点で既にボリスの子供を身籠って臨月を迎えていますが、イニヤともできちゃった婚であったことが物語の中盤で明かされます。そして物語のラスト、ボリスは生まれた赤ちゃんをわりと乱暴にベビーサークルに入れて置き去りにしてしまいます。アレクセイを失ってなお、ボリスには父性がないまま物語は終幕を迎えてしまうのです。

こうしてこの二人の描写を並べてみると不在の父性を求めるイニヤと父性のないボリスの組み合わせは最初からこうなる運命だったのかなと思ってしまいます。様々な描写からキャラクターの奥行が感じれるというのは映画として良い映画ということなのでしょう。

納得できなかったのはSNSの扱いですね。イリヤがしょっちゅうスマホいじってSNSをやっている姿が映るのですが、別にSNSをやること=周囲の人間に関心を向けないことではない気がするので、これはやり過ぎというか、説教臭さが増す要因だったような気がします。全般的に携帯電話やインターネットに否定的なのかな、という印象を受けましたが、この話はアレクセイの携帯電話にGPS機能があればもっと早く解決できた話でもあったので、そういうものの負の側面だけを描くのはやや偏りがあるような気がします。

あと、ここはよくわからなかったのですが、ラストカットでイニヤはウクライナの紛争のニュースを観ているのですが、これは自分の幸せを追及しすぎて他の人のことが考えられないことが戦争や紛争にもつながる…というメッセージなのかなと思いました。ただ、もしそうだとすると愛があれば戦争は起きないのか、という話になってしまうので、これもやり過ぎな気がしました。

めちゃめちゃ後味の悪い作品ですが、でも映画としての完成度は高いのだと思います。特にボリスの「頼られるのは好きだけど責任感はない」感じは、同じ男性として身につまされる思いでした。