今回以降は、私の経験から東京のマンションにおける高層階と低層階の選択に関して、いくつか補足的な話をしてみたいと思います。
今回のトピックスの中で、高層階を選ぶ理由は、その「眺望」以上にその「社会的ステイタス」に対して追加的費用を支払っていると述べました。しかし、幾分かは、本当にその「眺望」が気にっているのも間違い有りません。ただ、「眺望」も見晴らしが良ければ何でも良いという訳でも有りません。今回は、資産価値の観点から、この「眺望」に関して少しエッセー的に言及してみたいと思っています。
前回のトピックスでもブリリアタワー上野池之端という2019年6月に入居開始したばかりの物件を引き合いに出してお話しましたので、今回もこちらの物件を例として取り上げて説明しますと、本物件の南東側は、手前側にはあひるボートと一面、蓮の花で覆われている不忍池を望み、上野公園が真正面に広がっており、その先に東京スカイツリーが聳え立っていて、絵的にも眺望として非常に美しい訳です。
しかし、北東側はというと谷根千エリアを手前に見て王子、飛鳥山方面を臨むことになり、特にこれと言ったランドマークも無く、低層な灰色の建物が漫然と広がっている単調な風景で有ることに気付きます。飛鳥山は、山と付いていますが、実態は高台でも無い単なる低い丘ですし、谷根千エリアは自らの足で歩く分には非常に「古きよき昭和の町」の匂いがしてよろしいのですが、殊、眺望としては、高層的なランドマークが無いために絵的には、どうしても平坦でモノトーンでのっぺりした印象になってしまいます。
このように「眺望」の良し悪しは、その「方角」によってかなり印象が違うということは、大体の方が既に認識されていることだと思います。「眺望」の価値を決める要因としては、その「方角」に加えて、「そこに何が見えるのか?」という「被写体」「対象物(オブジェクト)」も非常に重要になります。
地方ですと、障害物が無く「山並み」でしたり、「海」などを望めたりする「眺望」はよく見られます。しかし、東京は世界の中の大都会ですから、この自然の景観が望めるロケーションはほとんど、有りません。都心部で「山並み」の「眺望」は絶望的ですし、太平洋はそもそも無理としても、東京湾という「内海」にさえ面しているエリアは、お台場などほんの一部でしょう。品川の湾岸エリアにも大規模なマンションが多数、建っていますが、それらも海際からはそれなりに離れています。
東京のそれも都心部エリアで自然の「対象物」である「山並み」とか「海」を期待しても総じて絶望的なのですが、「江戸」は「水の都」と言われている位ですから、むしろ、「川」、更に言えば、東京は「埋め立て地」の上に出来た街ですので、「運河」はそれなりに存在するのです。
無機質な造形物で有る大都会の中で、湘南などのように「大海(太平洋)」を臨む「眺望」は無理だとしても、「水」という同じの自然の構成要素から成る「川」や「運河」を臨むことは可能であり、都心で唯一、期待出来る自然眺望という意味で「希少性」が高く、従って非常に人気が高い訳です。所謂、「川」沿いだと「リバーサイド○○」、「運河」沿いだと「キャナルフロント○○」「ウォーターフロント○○」などとよくネーミングされているあのマンション群です。
東京湾岸再開発の先駆けである中央区の佃島のタワーマンション「リバーシティー21」などは、隅田川支流の朝潮運河が臨めるために、非常に資産価値が高い物件になっています。昨今、雨後のたけのこのように建っている月島駅前周辺の最先端のタワーマンションよりも坪単価が高かったりしますので、いかに「運河の眺望」は付加価値が高いかがよくわかります。
また、佃島エリアに続き、豊洲などの湾岸エリアの再開発エリアが人気が有る理由の一端にも、この東京エリアでは貴重な「水」の風景である「豊洲運河」が望めるという事が有るのも厳然とした事実でしょう。
それでは、都心部では「川」や「運河」が望める「眺望」も「高層階」から眺める方が良いのでしょうか?答えは「NO」です。
「川」や「運河」を臨むにしても「(階数が)高けりゃ、高いほど、眺望は良くなるんだろう」と短絡的に早合点しては大火傷を負います。「川」や「運河」は、「海」のように広大で無限では無く、「川幅」「運河幅」が有限で有るためにあまりに高層階から眺めると「巨大なキャンバス」の中の「単なる細い小道(小川)」のように見えてしまい、まったく「有り難味」が有りません。
ちなみに「豊洲運河」の横幅は大体、90メートル位です。これを歩いて渡ったり、自転車をこいで渡るとなるとこれはこれで相当、広くて大変なのですが、地上20階以上から眺めるとしょぼくなってしまうのです。
逆にそういう「川」や「運河」の場合は、その水際までの距離にもよりますが、大体、4階や5階位から眺めると、視界の下半分位が丁度、「運河」などに相当して、ちょっとした「海」のように映る訳です。もちろん、それは太平洋のような無限の大海では有りませんが、運河の対岸が丁度、向こう岸の湾岸のようにも見えるのです。
東京ののような大都会の中でベランダから見える景色の半分が「水のせせらぎ」で占めているというのは、よく考えると非常に贅沢で貴重な「眺望」なのです。こういう視点の価値もまだ、現状の物件の評価価格の中に明示的には織り込まれてはいないようです。
これから到来する「高齢化社会」「人生100年時代」にあなたも含めた日本国民は、「1億層老人」社会に不可避的に突入していきます。そうなると、これから購入するマンションは、「終の棲家」になる比率が必然的に高まっていきます。こういう時代のマンション選びの際の価値観は、従来のそれとは明らかに異なったものになるでしょう。
人生の余生を過ごしつつ、体力の衰えも避けがたく、停電時などは論外で、平常時でもエレベーターが有るからといっても毎日、20階も上り下りするのは難儀で面倒に感じるようになり、一方、視界の半分が「運河」や「川」で、その「水のせせらぎ」の音で眠りに付き、また目を覚ますという生活は、人の「好み」の問題を越えて、「1億層老人」及びその「予備軍」にとって、非常に暮らしやすい環境なのでは無いでしょうか?
結論ですが、都心部で「運河」や「川」エリアの物件を購入したり、賃借したりする場合は、高層階では無くて、低層階の方が総じて満足感が高いと言えそうです。そしてそれは、早晩、その価値に気付く層が増えていき、必然的にその価値が価格に織り込まれていくものと思われます。
この意味からも、これから都心部で「運河」や「川」エリアの物件を購入する場合は、高層階よりも低層階を購入する方が将来的には資産価値が高くなる可能性が高いと言えそうです。
ここまで、長文にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。