独りがこの上なく好きである。
独りでいる、この居心地の良さはもう何物にも代えがたい。
昔からこうではなかった。
むしろ孤独だと不安にさいなまれていたりもした。
それはまだ、自分を見つける前の話である。
よく考えてみると、不思議ではないだろうか?
私たちみんな、生まれたときはまだ誰でもなかった。名前もなかった。自分を自覚するのは1体いつ頃だっただろう。
いつのまにか私には名前が与えられ、更に上塗りされていくように、様々な私が私だとみんな思い込んでいく。しかしそれらは全て思い込みでしかない。肩書き。職業。名前。性別。
お母さんとしての私。しかし、本当の私は実はたったの一人だ。全ての思い込みが剥がされた私、まっさらな私のことである。
実は本当に、私は他人と関わることが苦手だ。普通に社会性もあり、コミュ力もある。だがそれはそういう風に振る舞うことを器用にこなせるというだけだ。つまり、演技をしている。誰かの友達としての私を演じている。どうしてもそういう感じがする。
だから帰宅して独りになったとき、
どっと疲れが押し寄せてくる。
みんな仮面をつけているのだろうに
私のようにそれを自覚している人はやっぱり少ないのかな
ふと独りの夜
何の音もない静寂の中で
私に還るとき
すごく安心する。
何にもしなくなくて何にも考えたくなくて
本当はずっとこうしていたいけど
明日になるとまた鎧をつけて出勤するのだ…
これがいつまで、続くんだろう。
ふとそんな風に考えて、しんどくなる夜もある。
だってそれは恐らく命尽きるその日まで。
まっさらな私に永遠に還るとき
それは生まれてくるときの逆、
死ぬときだろう。
いつも大きな方向へつい話がそれるけど
つまり、孤独を味わうことは
自分と向き合うこと、内観すること、内省する絶好の機会だと思う、ということが言いたかった。
ますます、他人のことなど気にしなくなり
世間のことも気にならなくなり、
こんな浮世離れしてていいのだろうかと思いつつ、
やっぱり私は私でいたいから
居心地のいい孤独を
今夜もまた味わっている