最近始めた新しい学びの課題として、10数年ぶりに、大学生の時に見た「シティ・オブ・エンジェル」をみました。
どうしようもなく『救い』の話だったんだなと、今の私でならやっと理解できた。
天使のセス(ニコラス・ケイジ)と外科医のマギー(メグ・ライアン)の恋を描いた物語。
私はもともと、オリジナルの『ベルリン 天使の詩』が本当に大好きでこの映画も見たのだけど、設定などは同じだけど中に込められたメッセージや空気感、世界観は別物なので全く違う映画として楽しめます。
ドイツがまだ壁で仕切られていた時代の、人々の心の鬱屈とか恐怖とか希望とかがポエムのように語られ、いつまでも心に余韻の残る本当に美しい映画です。
私が小学生の時にはまだドイツは東西に分かれていたんだよな。。。すっかり忘れてしまっていたけど。
これも十数年ぶりにまた見てみようかな^^
シティオブエンジェルの話に戻します。
天使たちは人間の死に立ち会い、天国へと案内する。
天使の世界には感情も感覚も色もなく、朝日が昇る時に美しい歌を聴くとても穏やかな世界。
人間の世界は喜びや悲しみ、痛み、色、味、様々な五感や感情の豊かさがある。
天使たちの中にはそこに憧れを持つ者もいる。
この映画を見たら、どんな感情も喜びなんだってことが本当に深く腑に落ちます。
天使たちはけして不幸では無いし、無味乾燥してつまらない、飽き飽きしている、そんな感じでもない。ただ穏やかなのです。
自分の手術した患者が亡くなって無力感に打ちひしがれるマギーを見て、慰めてあげたいような、でも「悲しみ」ってどんな感情なんだろう?という好奇心のようなものが入り混じった表情で見つめるセス。
そういうニコラス・ケイジの繊細で豊かな演技が素晴らしくて本当に感動します。

「君にとって洋梨ってどんな味がするか知りたいんだ」とセス。
こんなこと言われてみたい♡
恐怖とか苦しみとか痛みとか、人を愛することとか、強烈な苦しみもなければ強烈な喜びもない世界から、マギーを愛するためにセスは人間になる決意をします。
人間になってセスが最初に味わったのは、ビルから落ちたときの身体中の痛みと、鮮血の赤。
そこに狂喜乱舞するんです。痛みが嬉しくて。
これを味わって見たかったんだっていう、人間であることの喜びを身体中で表現しています。
また言っちゃうけど、本当にニコラス・ケイジの演技がすごいの

私たちも忘れているけどきっと同じなんだな。
ちょっと思い浮かべてみて。
赤ちゃんって、例えばなんどもいないいないばあをして喜んだり、同じ話を何度も聞いて喜んだりするでしょ?
「いない」の不安やミステリ感と「ばあ」の、また好きな人に会えた喜び。それを何度も味わっている。
例えば私たちが天使の世界から落ちて人間になったとしたら、きっとセスみたいに最初はこのいないいないばあ状態だと思うの。
これが痛みか!これが恐怖か!
人間として生きるってなんて素晴らしいんだろう
って。
その波乗りが楽しくて仕方ない。
シティオブエンジェルには、海のシーンがとても象徴的に出てきます。
別の例え方をするなら、
天使のセスと人間のマギーは同じ物理世界にいるんだけど、マギーの世界にはベートベーンの激しく壮大な曲がBGMとしてかかっているのに対して、セスの世界には常に天使の穏やかで美しい歌声だけが流れている感じ。
目の前の物理世界でどんなことが起こっても、ただ淡々と流れていくような。
また、人間は物理的な出来事の他に「思考(脳内のストーリー)」があって、出来事と関係なくさらに感情を波立てているのだけど、天使はそういう「思考」がないので、人間になってもセスはただ、目の前の出来事から感じる五感の感覚や喜びや悲しみを「今ここ」で味わっているだけ。

セスに恋する瞬間の、目がキラッとなるメグの演技がまた素晴らしい。
思考と感情を切り離して、別々に考えるってそういうことだなー!
この前読んだこの記事。
本当に感動したのだけど、自分が味わいたかったんだ。
痛みさえも。
ああ、本当にそう。
それは天使さえ憧れるほど豊かで尊いものなのだ、ということ。
全てが人間として生きることのヨロコビ。
まだ100%腑に落ちているわけじゃないけど、きっとそうなんだろうなって予感がします
シティオブエンジェル、そんな観点からぜひ見てみて!絶対得るものがいっぱいあるから^^
以下はシティオブエンジェル本編のネタバレを含む考察です。大学生の時にはエンディングが好きになれなかったんだけど、今になってもう一度見たら、エンディングはこれ以外にありえないってわかりました。
エンディングが好きじゃなかったら、以下を読んでみてね。
本当の救いを描いた話だったってわかると思う。
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以下ネタバレ注意
セスはマギーを愛するために、人間になることを決意してビルから飛び降りました。
そして人間として、マギーが休暇を過ごしている別荘を訪れ、二人は最高に幸せな時を迎えます。
次の朝、マギーはその愛の喜びに浸りながら手放しで自転車に乗っていて、トラックにぶつかり瀕死の状態に。
悪い予感がしてマギーを探しに行ったセスは、息も絶え絶えのマギーを見つけます。
最後、「あなたに全てを味あわせてあげたかった」と言い残してこの世を去ります。
そう。
つまり人間として生きることの全てには、愛する人との別れが必ず含まれるんだ、と言っているです。
それも含めて人間として生きることの喜び(営み)で、そこが描かれなければ人間を語ることにはならないの。
なぜなら天使だったセスはそれに立ち会うのが仕事だったから。
最初のシーンで小さな娘が手術室で亡くなり泣き叫ぶ悲痛な母親が出てきますが、セスには感情はなくただ淡々と小さな子供を天国に連れていきます。
一番多く見てきた場面を、今度は自分が人間の側から味わうことになる。
天使仲間が、こうなる(マギーが1日後には死んでしまう)とわかっていても人間になることを選んだ?と海辺で聞くのですが、セスは選んだと力強く答えます。
『ベルリン 天使の壁』では最後死んだりしません。
これはね、やっぱりその当時のドイツが東西が分断さていたという別離状態にあるので、それはそれで人間を語るのに十分だと思う。
でもアメリカ的に描かれるなら、死を描くことで輪が閉じるような気がする。
人間としての人生の一番最初に一番辛いことを味わった天使に
「人間として生きるとはそういうものだよ。こんなに辛く悲しいことがあるんだよ。それでも人間であることを選ぶのか?」
と問い、
こんなに辛い結末があるとしても、たった1日でも愛し愛することを経験できるのなら、やっぱり人間を選ぶよ
と答えさせている。
ここがこの映画で本当に伝えたいことなんだろうな。
人間として生きる私たちへの、これ以上ないくらいの救いを与えている。
映画の最初は人間にとっての死は悲しくて辛いもの、避けたいものとして描かれているのだけど、
最後にはそれさえも含めて人間として生きる営みの一部であり喜びだと、天使の目から伝えているんだと感じました。
悲しくて悲しくて涙が止まらないという感情を味わえるほど人を愛したのだ、という、切なくて甘美な喜び。
喜怒哀楽ありとあらゆる感情で人を愛するということを味わえるのが人間として生きる特権ってことなの。
私も最近、そう思うよ。
天使のように心地よい穏やかな感情だけが私たちの幸せではなく、
私たちが味わえる全ての感情が実は喜びなんだということを。
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