パリでのテロ事件とトリコロール(フランス国旗) (3/4)
<憎悪の連鎖を断ち切ること、しかし、個人的感情に過度に原因を求めない>
イスラームをテロと結び付けるのはもちろん間違っています(イスラームをサラフィー・ジハード主義的なものとして捉えるのは、私がインドネシア、バングラデシュ、シエラレオネを見てきた経験から考えるに、明らかに間違っています。もちろん、これらの国々は、イスラーム世界においては「周縁」であり、(あくまでも鍵括弧付きで)「中東」的な価値観からは隔たりがあるでしょう。しかし、私はこういう「周縁」的イスラーム世界のありかたの方が、サラフィー・ジハード主義的なものから距離を置いているという点において、実はイスラームの本質をよく保存しているのかもしれない、と思える部分が個人的には多々あります。念のために付け加えますが、決して中東の本質がサラフィー・ジハード主義的なのではなく、サラフィー・ジハード主義的なものが中東における政治的混乱の空隙を突いて入り込んでしまい、善良なムスリマ、ムスリムたちが被害を受けていると見るべきでしょう)。私たちは、テロに警戒するとともに、イスラモフォビアがテロと言う炎の燃料となることにも警戒すべきでしょう。
現に、今回のテロの実行犯の一人は元々、決して敬虔なイスラム教徒というわけではなかったようです。
【パリ同時多発テロ】自爆死の女容疑者 飲酒にミニスカ、イスラム教と無縁も…なぜ過激主義に走ったのか - 産経ニュース
http://www.sankei.com/world/news/151121/wor1511210026-n1.html
被害を受けた立場からすると、憎しみを乗り越えることは簡単なことではありません。しかし、憎しみの連鎖はただ哀しみを生むだけであることを考えれば、憎しみを乗り越える強さが求められるでしょう。
「憎しみは与えない」 テロリストへ妻亡くした男性投稿:一面:中日新聞 http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2015112002000288.html
このメッセージを書いたレリス氏には、きっと大きな心の葛藤があったに違いありません。あまり他者が論評すべきことではないのかもしれませんが、きっと深い深い哀しみの中で、それでも「テロリストが栄養源とするもの」は何か、を考え、勇気ある発言をしたのだと思います。
また、貧困がテロと関係があるのか、と言われると、シャルリ・エブド襲撃事件の時もそうでしたが、フランスでフランス人として育った人が犯人に含まれているようで、必ずしも、中東貧困層と欧州社会との社会的・経済的格差に対する恨みが原因というものではないようです。
【パリ同時多発テロ】3部隊に分かれた組織的犯行 実行犯7人は全員死亡、うち1人の身元特定 死者129人に - 産経ニュース
http://www.sankei.com/world/news/151115/wor1511150051-n1.html
(なお、犯人にフランス生まれのフランス人がいることを考えても、トリコロールが「犠牲者」への哀悼の表明として適切ではないと私は考えるのです。それは犯人に「お前はフランス人に非ず」という烙印を押す、排除と分断の論理になってしまうと同時に「フランスvsフランス以外の何か」という安易な対立構造を想起させてしまうことになりかねないからです。)
とは言うものの、では、どうすれば良いのか。事はそう簡単ではありません。憎悪と差別を避けるべきことは言うまでもありません。しかし、実社会は人間の内面的な動機(「善意」と言ってもいいかもしれません)だけではなかなか変わらないものです。武器取引の規制強化、テロへ組織への資金の流れを断つこと、テロ組織に参加しないようなインセンティヴ構造を埋め込む政策(例えば、日本のNGOペシャワール会はアフガニスタンにおいて旱魃に苦しんでいる農民に農業指導を行い、収入を得られるようにしました。それまでは、生活のために、給料が得られるからと、人々はターリバーンに参加していたのです。もし、農業に従事する方が、ターリバーンに参加するよりも儲かるなら、経済学ではこれを「人々は農業を選択するインセンティヴがある」と言います)など、様々な対策が求められるでしょう。難民問題も同時に考えなければなりません。ゼノフォビア、イスラモフォビアに基づく一方的な難民排除は事態をより深刻にするだけです。一方で、いたずらに武力によって事を解決しようとする姿勢は、下から火に炙られつつ、中の水が沸騰しているやかんの蓋と口を無理やり押さえつけているようなもので、たとえその場は凌げても、火を消さない限り、やかんが暴発する危険はいささかも減少しないでしょう。これまでの「テロとの戦い」という名のもとの戦争を見ても、武力によってテロを無くすことなどできなかったことは明らかです。
(続く)