バングラデシュの病院 ~医療格差~ | Yoshitaka's blog

バングラデシュの病院 ~医療格差~



先日、ダッカ近郊の公立病院、ならびにICDDR,B (the International Centre for Diarrhoeal Disease Research, Bangladesh)のMatlab病院を見学させてもらった。

 

 

<ダッカ近郊の公立病院>

 

 

 

この病院は、僕と同じくI博士に指導を受けている、BRAC大学の公衆衛生学コースのインド人留学生Rさんが調査フィールドとしている病院だ。今回、彼の調査に同行させてもらった。ダッカ市内から郊外へバスで1時間ほど行った所にその病院はある。バスは超満員で老朽化が激しい。おそらく、かつて日本で観光バスとして使われていたものだろう。お洒落な天井のデザインが朽ち果てており、この「元」観光バスにとっての予期せざる第二の人生に思いを致した。

 

 

この病院は入院患者用に50床あり、30床は女性患者向けである。患者は、緊急搬送、または各地の診療所などからの紹介(referral)で来院する。交通事故や出産、また中毒(”poisoning”と言っていたが、何の中毒なのかはよく分からなかった)などだそうだ。

 

Yoshitaka's blog-病院の受付

 

バングラデシュの公立病院は基本的に無料である。検査がある場合は、費用は20~100タカほど(ちなみに、ダッカの物価だと、500mlペットボトルのミネラルウォーターが15タカほど、コーラだと30~35タカくらい)。

 

Yoshitaka's blog-臨床検査ラボ

基本診療が無料ならば良い制度ではないか、と思うかもしれない。しかし、第一に、病院のインフラは劣悪である。Rさんは、他の病院と比べればここはかなり良い方、と言っていたが、他の病院の写真を見せてもらったが、衛生状態は恐ろしく劣悪なようである。臨床検査もまともにできないらしい。確かに、ここはそうした病院と比べれば「マシ」なのかもしれないが、日本の病院が「当たり前」だと思っていた自分にとっては「なぜ、もっときれいに整備・清掃がされていないのだろう?」というのが正直な感想だった。第二に、医師たちは14:00~15:30くらいで帰ってしまう。ひどい時は、病院に行っても医師がいないこともある。そして、自宅でプライベートに診療を行う。日本と違って、保険点数で医療費が決められているわけでもなく、このプライベートな診療は高額であり、もちろん日本のような国民皆保険制度など無いから、貧富の差により、医療サービスへのアクセスに格差ができてしまう原因となっている。しかし、なぜ医師たちは病院での診療をさっさと切り上げて、自宅でプライベート診療を行おうとするのだろうか?I博士によると、医師の給与水準が低いためだという。つまり、医師は病院に勤務するだけでは所得の確保が困難なので、高額なプライベート診療を行うインセンティヴが働くとういわけである。

 

もう一つ、バングラデシュの病院で見られるのは、「ブローカー」の存在である。公立病院では、必ずしも満足のゆく医療サービスが受けられないため、公立病院で順番待ちをしている患者に対して、自分の所属する私立病院へと患者を引き抜くブローカーが紛れ込んでいる。Rさんがブローカーとおぼしき人に声をかけたところ、彼は製薬会社の調査員であり、自社の薬の評判を調べているのだと言う。僕はすっかりそれを信じていたのだが、Rさんは後で「彼は本当のことを言っていない。彼はブローカーに間違いない。」と言っていた。

 

 

この病院は数々の問題を抱えている。救急車は壊れていて埃をかぶっているし、

 

Yoshitaka's blog-埃をかぶった救急車

医療スタッフの数を増やすことができないため、病床数も増やすことができず、需要側のニーズに応えきれていない。しかし、貧富の差による医療格差を少しでも無くそうと、この病院は独自の取り組みをしている。個人的な寄附を募り、病院独自の基金を立ち上げ、貧困層に資金的援助を行っている。公立病院というフォーマル・セクターは、基本診療費が無料であり、本来ならばセイフティ・ネットの働きをするはずであるが、実際には最も健康リスクに対して脆弱であると思われる貧困層のセイフティ・ネットの役割を果たしておらず、こうした「志ある」インフォーマル・セクターが代わって担っているのだ。つまり、政策の持つ精神としては、決してアメリカ型「個人主義」「自己責任」イデオロギーではなく(交通規制など、他の分野でも言えると思うのだが)、社会福祉政策のエンフォースメントの弱さ、そして、医師の給与水準を低く抑えておきながら無料で病院の経営を行う、といった、政策そのものの矛盾が問題の根底にあるのだ。医師が国外ではなく、プライベート診療という別市場に「頭脳流出」していると捉えることもできるだろう。ただ、今回はプライベート診療の実態がどのようなものか十分に把握できていないので、何が良い解決策なのかに関しては、今のところは分からない。

 


<ICDDR,BのMatlab病院>

 

 

“Matlab”といっても、数値解析ソフトウェアのことではない。ダッカから南東に車で3~4時間ほど行ったところにある田舎の村の名前である。広い道を走ったあと、ひたすらデコボコの細い田舎道を走り、橋の無い川を車ごとフェリーに乗って渡り、ようやくMatlabへと辿り着いた。ダッカの汚い空気から離れ、しばし田舎を堪能できた、と言ったら不謹慎だろうか。ここではコメの二期作が行われているが、水田の風景は日本のそれと変わらない、そう思った。

 

Yoshitaka's blog-橋、小舟、水田

 

(参考)
Matlab fact sheet(英語)
http://www.icddrb.org/images/stories/TrainWithUs/ConsideringFieldExp/matlab%20fact%20sheet.pdf

 

 

もともとこの地域はコレラのワクチンを開発するための地域として選ばれた地域だった。そこにICDDR, Bが病院を作ったわけだが、こんな片田舎の病院としては、おそらく得られるものを総動員して、やれるだけのことをやっている、と思った(もちろん良い意味で)。公立病院と同様に、基本的に診療は無料である。ここでのメインターゲットは母子保健である。母親と乳幼児はICDDR,Bの病院にかかれるが、大人の男性や出産とは関係のない女性は少し離れた公立病院に行かなければならない。これは病院のキャパシティ上やむを得ないのかもしれない。

 

 

途上国においては、医師・看護師といった「フォーマル」な医療従事者を増やすのにはコストと時間がかかり、莫大な需要にとても応えきれない。また、立派な病院を建設するような莫大なお金も用意できるわけがない。そこで「コミュニティ・ヘルス・ワーカー」と呼ばれる、一定程度のトレーニングを受け、予防接種や初期診療などにあたる人々が活躍している。このMtlab病院の傘下には多くのコミュニティ・ヘルス・ワーカーの「診療所」があり、病院‐サブセンター‐診療所というピラミッドの底辺に位置し、住民に最も身近な医療施設となっている。今回は、中央の病院から最も近くの診療所を訪れた。木造の納屋のような診療所だ。予防接種のある日には、黄色い旗が掲げられ、村人に知らせられる。

 

Yoshitaka's blog-予防接種を知らせる旗 Yoshitaka's blog-予防接種

予防接種、鉄分・葉酸などの栄養剤、抗生物質などが得られる。また、日本は既に「少産少死」社会であるが、この村は「多産多死」であった。そこで、出生率を減らす努力が行われ(これは決して「上から目線」で指導しているわけではなく、確かに村人の間にも「出生率を減らしたい」という要望がかねてから存在している。あまりに子供が多いと、家計がかえって苦しくなってしまうからである)この診療所でも経口避妊ピル、注射するタイプの避妊薬、コンドームが得られる。そして、日本の母子手帳のように、子供の予防接種歴、健康診断の結果などを記録した専用のノートが配られる。診療所の裏にはマスタード(からし菜)の畑が広がっており、菜の花のような黄色の花が満開だった。

Yoshitaka's blog-マスタード畑と少年

 

続いて、末端の診療所よりも一段上の施設である、サブセンターを訪れた。分娩室や男性の性感染症を診る部屋もある。

 

Yoshitaka's blog-分娩室

ここには「リキシャ救急車」がある(「リキシャ」とは東南アジア・南アジアで広く見られる人力の乗り物の、ここバングラデシュでの呼び方で、日本語の「人力車」を語源とする。後ろに人が乗って、前で運転手が自転車を漕ぐ)。これはうまい考えだ、と思った。

Yoshitaka's blog-リキシャ救急車

ガソリンエンジンで走る自動車の救急車など、この村でメンテナンスするのは極めて難しい。しかし、自転車ならばずっと簡単にメンテナンスできるし、燃料の心配もしなくていい。ここでは助産師がコミュニティ・ヘルス・ワーカーのように一般的な初期診療も担当している。また、コミュニティ・ヘルス・ワーカーがこのサブセンターに月に2回集まり、お互いに情報交換をして研鑽を積んでいる。ここでも箱にコンドームが入れて置かれており、欲しい人は自由に持って帰れるようになっている。そして箱の上にはコンドームの使い方が絵入りで説明されており、イスラム教国なのにオープンだな、と思った。

Yoshitaka's blog-コンドーム使用方法

 

最後に、中央の病院である。

 

Yoshitaka's blog-病院外観

ここは病院だけではなく、世帯調査なども担っており、出生、死亡、移住などの記録を取っている。昔は手書きだったが、今やフィールドワーカーはPDA(”iPAQ”と書かれていたので、最初、”iPad”のパチもんかと思ってしまったが、ちゃんとしたHewlett-Packard Companyの製品だ。いや、失礼。)を手に各世帯を回っている。こうした数多くのフィールドワーカーの地道な努力があってこそ、家計の個票データに基づく、evidence basedな医療保健・開発援助プログラムへの道が拓かれる。

Yoshitaka's blog-フィールドワーカーの努力を称える Yoshitaka's blog-世帯調査用PDA

 

 

病棟では多くの母親と子供がベッドにいた。ベッドの中央部には穴があいており、ベッドの下のバケツにつながっている。先進国ならば拒否反応を示す人がいるかもしれないが、下痢が引き続く状態で、限られた資材でいかに衛生的に保つかという点で、これもうまく考えられた仕組みだと思う。

 

 

Yoshitaka's blog-下痢症患者用ベッド上面Yoshitaka's blog-下痢症患者用ベッド側面

ここでも、患者の看護の記録にPDAが使われている。

Yoshitaka's blog-患者看護記録用PDA

案内してくれた医師の話によると、 この季節の子供の下痢はロタウイルスによるものが多いそうだ。下痢の子供は胃腸が弱っているが、日本のようにどこでも点滴が手に入るわけではないから、砂糖水か重湯が与えられる。また、ORS(Oral rehydration saline)は、バングラデシュの有名な発明品の一つである。

 

(参考)
ORS
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E5%8F%A3%E8%A3%9C%E6%B0%B4%E5%A1%A9

 

 

また、この病院では新生児室もある。この部屋にだけ暖房が入っており、黄疸治療のための光線治療機(といってもライトの周りを幕で囲っているだけだが)があるが、先進国のNICUのような設備はない。ここでは、カンガルーのようにお母さんが赤ちゃんを抱く「カンガルーケア」が行われている。お母さんの体温によって、赤ちゃんの体温が安定する、などの効果がある。余談だが、カンガルーケアについて調べているとこんな記事を見つけた。

 


「カンガルーケアって危ないの?」
http://allabout.co.jp/gm/gc/188783/


この記事中で渡部医師はお母さんが上半身を起こした状態で抱くことを勧めているが、新生児室にいたお母さん達の様子を思い出してみると、確かに、皆ベッドの背中に当たる部分を起こしてリクライニングチェアのような角度で座っていた。

 

検査ラボは先の公立病院とは比べものにならないくらい、しっかりとした設備が整っていた。顕微鏡はもちろんだが、血液検体中のイオン濃度を計測する機械やインキュベーター、ローテーター、遠心分離機も揃っていた。しかし、相当年季の入った古い遠心分離機もまだ現役で、検査技師の方も「そろそろ博物館に入ってもよさそうな古いものだが、今でも全然問題なく動くんだよ」と言っていた。

 

Yoshitaka's blog-古い遠心分離機

 

このようにMatlabの病院は、途上国の片田舎の病院としては極めて質の高い医療サービスを提供しており、コミュニティ・ヘルス・ワーカーを通じて、広い範囲に医療を提供している。また、それだけではなく、地元の人々の雇用にも一役買っている。ある警備員が人懐っこく僕に話しかけてきたが、彼は地元の人だという。また、病院の敷地内には池があり、魚の養殖を行い、年に数回それを売って収入の一助としているそうだ。また、敷地内にはモスクもあり、地元の人の祈りの場として開放されている。実に見事だ。

 

 

だが、と僕は思った。その時、僕の頭の中をよぎったのは「ミレニアム・ビレッジ」だった。僕自身、アフリカ各地のミレニアム・ビレッジを自分の目で見たわけではないので、あまり自信を持っては言えないが、限られた地域に集中的に資金を投入して、成長の足がかりとする(もちろん、Matlabは医療がメインであって、経済成長を意図しているわけではない)というのは分かるが、果たしてそれが(理想論ではなく、現実論として)持続可能な援助たり得るのか、国連ミレニアム開発目標の達成に実際にどれだけ役立っているのだろうか、という批判もある。ここMatlabも多くのドナーからの資金援助無しには持続し得ないだろうし、

 

Yoshitaka's blog-援助ドナー

このような高水準の医療サービスを他地域へ広げるのも難しいだろう。ICDDR, Bの著作物などでは、隣接地域の公立病院と比べて、ICDDR, Bの病院がいかに乳幼児死亡率や母子保健の改善に実績を上げてきたかが述べられている。確かに、そうだ。しかし、その隣接地域の公立病院がカバーする地域にも人は住んでいるのである。病に苦しむ赤子を抱きかかえる母親がいるのである。もちろん、それは政府機関でも何でもないICDDR, Bの責任ではなく、バングラデシュ政府の責任だと言われるかもしれない。I博士は「私たちがいくらエビデンスに基づいた政策を提言しても、政治家たちは聞く耳を持たない」と嘆いていた。ならば、消極的ではあるが、Matlabで達成された実績を政治家たちにアピールして、公立病院でも取り入れえもらえるように説得するくらいしか無いのかもしれない、と考えると、ひたすらICDDR, Bの実績を強調している意味が分かった気がした。