もし時間というものがなかったら。いや、それでは想像がしにくいので、もし人に与えられた時間が極端にすくなかったら。仕事や恋愛で重大な決断をするとき、一瞬ですべてを決めることになります。
 しかし、我々には時間というものが存在します。そしてそれが存在することにより、決断を下すときあれこれと考え、悩んでしまいます。一瞬でスパッと決められれば苦労しないのに、時間があるから悩んでしまう。そんな経験は誰にでもあり、壮大にものを語ってしまえば、人生とは常にそういった葛藤との戦いでもあります。
 公立にするか私立にするか。進学にするか就職にするか。ラテにするかカプチーノにするか。ホットにするかアイスにするか。ホットじゃ今日は暑いな。でもアイスだとおなかをこわすし。人は悩みます。それもこれも時間があるから。ですが人は、そのように悩み考えることでより良い選択をすることができます。その場のフィーリングで決めて正解だったことなんてありません。ホットorアイスをフィーリングで決めても、その後にあるのはコーカイのみです。
 すなわち悩むこととは、よりよい選択。その場で決め得る最良の選択を獲得することなのです。そして、それの積み重ねが成長になります。よくよく考えれば当たり前のことのように聞こえますが、悩むという言葉はどちらかというと後ろ向きなものとして捉えられている現実。それを鑑みるとより前向きな言葉として「悩む」必要があります。決して、人間悩むことは恥ずかしいことではありません。悩むことは成長していることを意味しているのですから。
 時間というものが存在していることで、悩まなくてもいいところで悩む。つまり時間が存在するからこそ人は悩むのです。時間が存在する限り、人は悩むことを許される。大げさに言ってしまえば、天地創造の時点で人は悩むことを義務付けられていた。と同時に成長することも約束されていたということになるでしょう。