こうして4月にはチバラギ平成大学の留学生が入居したことにより、太郎さんのアパート、ビバリータヌキ1は再び満室に復帰ました。
しかも家賃は加奈さんが大学と交渉してくれた結果8万円になりました。(光熱費込み)
外国人向けに貸すことにより太郎さんの収益は一気に向上したのでした。
やがてプロジェクトチームは解散することになり、社長の計らいで関係者を集めて解散式が行われました。勿論会場はトックリ亭です。
「乾杯」一同美味しいトックリ鍋に舌鼓を打ちながら今までの苦労を労りあいながら縁は和やかに進んでいきました
「加奈さん、今回はどうもありがとうございます」太郎さんは加奈さにお礼を言いました。
「いえ、私もずっと太郎さんに済まない気持ちがあったのです。だってあんな不便な立地のアパートですから儲からないのを知っていながら売ったからです」
「ええっ、やっぱり僕はカモにされたんですかあ」
「加奈さん、僕の苗字がカモネギだからと言ってカモにするのはひどいです。ご存知の様にカモネギ家というのは京都出身の由緒ある家系なんです。そんな明家に対して失礼じゃありませんか」
「そもそもカモネギの由来は僕の祖先の鴨葱文左衛門は江戸時代鴨川でネギ農家だったんです。ある日殿様が鴨狩に立ち寄った時にネギを献上しました。そのネギが美味しかったので、殿さまから頂いた大事な苗字なのですよ」
「ごめんなさい。当時、私も営業成績を上げたかったから何としても売りたかったのです。だから信憑性のない噂まで話をして営業トークをしてのでした」加奈さんは頭を下げました。
「でも、タヌキメイトの香森店長がニコポン光学の単身赴任者のお客様を見つけて高い家賃で貸せた事をアメリカで聞いてほっとしました」
「そうだったのですか。確かにニコポン光学の家賃補助制度のおかげで高い家賃が貰えたけど、それがなかったら最初から儲からなかったなあ」
「だから、帰国した時に真っ先に太郎さんの事が気になってタヌキメイトに問い合わせたのです。そこで一挙に6名もの退去者が出る事を知って何とか罪滅ぼしをしなくてはと思ったのです」
「それで僕のやるべき留学生向けのリフォームや準備を全て代行して下さったわけですね」
「そうです。これで私の気持ちが晴れました。よかったわ」
その後、茂倉さんが席に来て耳寄りな情報を伝えました。
それは。
続く





