783 : ◆DJINKbmZw2 :2008/08/16(土) 09:43:07 ID:BH5kz/vbO
養護施設で迎えた中二の春。何の因果か忍と同じクラスになった。そして忍が教室の中では明るく穏やかな人間を装っている事を知った。
施設にいる理由さえも人に話せない悲しい過去のように口をつぐんでいた。
ある日の放課後、図書室に本を返しに行く僕に忍がついてきた。図書室に入ってすぐの棚には日本地図や都道府県別の地図が載った本があり、それらは図書室でのみ閲覧可だった。
「俺と一緒に北海道に行かないか?」
唐突な忍の言葉に目をやると忍は北海道地図の本をペラペラとめくっていた。
「僕は忍とはどこにも行きたくない」
なるべく言葉の刺を隠しながら答えた。
「俺はさ、二回行ったことあるよ」
一年近く面会にも来ない家族との旅行の思い出かよ、そう思った僕は冷たく言い返す。
「ふーん、楽しかった?」
「楽しかったよ、警察に捕まるまでは」
「家出か。親の金盗んで家出したら、すぐ見つかるに決まってるだろ」
内心、馬鹿にしながら言い放つ。忍は北海道地図の本を撫で回していた。
「あいつらの金なんか一円たりとも使ってない。俺が自分で稼いだ金で行ったんだよ」
「ガキがどうやって北海道まで行く旅費稼ぐんだよ?」
784 : ◆DJINKbmZw2 :2008/08/16(土) 09:44:27 ID:BH5kz/vbO
忍はずっと地図を撫で回している。
「お前さ、メトロに行った事ある?」
メトロはとある路線の終点の地下街で僕も幼い頃は何度か訪れた事があった。
「ずっと小さい時に祖母ちゃんに連れて来て貰ったくらいかな。卓球場とかゲーセンとか…」
忍は地図を撫で回し続けながら、こちらを見ずに話し出した。
「メトロの両側に幾つも地上に上がる階段があるのを覚えてるか?」
階段があったのは知っている。そして階段から続く地上は風俗街やホテル街で子供が立ち入る事が許されない場所だった。
「一つの階段に一人ずつ、女が立っててさ客待ちしてるんだよな。オッサン連中がメトロを何度も往復して立ちんぼのババァを物色して交渉するんだ」
「よく知ってるな」
「お前はさ、人間の肉体と魂ならどちらが大事だと思う?」
唐突に話題を変えて質問をして来た忍に僕は迷う事なく答えた。
「肉体だろ。魂だけなんて意味ないし」
忍がこちらを見る。地図は撫で回したままで。
「魂だよ。俺はメトロの上にあるホテルで初めて、あいつらに出会った。何年か前に、ホテルの天井が崩れてカップルが死んだニュースがあっただろ?俺はその改築された部屋に入ったんだ」
785 : ◆DJINKbmZw2 :2008/08/16(土) 09:46:12 ID:BH5kz/vbO
その事故は僕も新聞で読んだ事がある話だった。忍は話続ける。
「体が無くなってもあいつらは生きている。存在してるんだよ。年も取らずにね。素晴らしいと思わないか?それからはそのカップルに会うためにメトロに通い続けたよ」
僕は黙って地図を撫で回す忍の話を聞き続ける。
「そんな事を繰り返しているうちに金が貯まって、もっとあいつらに会いたくなったんだ。それで北海道に行った」
「何故、北海道?忍はそこで目的は果たせたの?」
忍がさっと周囲を伺い地図を通学鞄にねじ込んだ。
「素晴らしかったよ。だから、お前も連れて行きたい。一緒に北海道に行こう?あそこなら大丈夫だから」
忍は僕をトンコの共犯にしようとしているのだと思った。しかも、北海道なんて場所に。
「北海道まで行く金はどうするつもりだよ?」
「金ならシャブ中団地で作ってある。多少、恨まれもしたけどな。だから、大丈夫だよ」
笑いながら忍が言う。
「僕は…もうトンコはやらない。これ以上、家族に心配かけたくない」
「家族なんて意味のない繋がりだろ?それにお前以上に悪質で狡猾なトンコが出来る奴は居ないしな」
忍はどうしても僕を北海道に連れて行きたいようだった。
786 : ◆DJINKbmZw2 :2008/08/16(土) 09:47:25 ID:BH5kz/vbO
「お前もあいつらと会って話せば分かるよ。魂こそが全てだって。それを玩具にする楽しさも」
忍は楽しそうに北海道での思い出話をする。滝で、道路で、場末のビジネスホテルで見た霊の話を。そして、家出少年がどうやって見知らぬ土地で居続けたのかを。
「忍は援交と家出で児相から施設に送られたの?」
一方的に忍の話を打ち切るためにくだらない質問を投げ掛けた。
「違う。補導されたのは、それが原因だけど俺は自分の手であいつらを作ろうとしたんだよ」
その言葉の意味に気付いたのは数日後、忍の奇妙な遊びに付き合わされてからだった。