木曜日
自由が丘で高校時代の友人Yに会う。
彼は舞台演出家を目指している。
海外で勉強した後、奥さんと日本に戻ってきた。
私たちは高校の演劇仲間でもある。
今の仕事を始めてから休みが上手くとれず
次々に友人をなくしていった私に連絡をくれる、
数少ない貴重な友だ。
彼は来年大きな劇場で公演するチャンスがあり
そのことで相談したいと言われていた。
数ヶ月ぶりに会うと、自分でアポをとってきたくせに
全くもって覇気がない。
店に入り、食事をしながら世間話をしていたが、
なかなか本題に入らない。
で、要件は何だっけ?と聞くと
まあいいじゃん。としばらくお茶を濁したあと
嫁さんがオメデタでさ。と言った。
Yは演出の仕事や手伝いがない時はアルバイトをしている。
当たり前だけど、まだまだ駆け出しの彼は
演出の仕事だけで食べてはいけないのだ。
割合でいうと、奥さんの方が稼いでいる。
その奥さんが働けなくなったら、どうやって生活していくのか。
彼は途方にくれていた。
このまま夢を追うか。
子供の為に就職するか。
彼にとってこの一年が勝負だった。
着々と人脈をつくり、大きな劇場でのチャンスを得た。
公演日は出産間近だった。
身重の奥さんのことを考えて、彼は諦めに入っていた。
ずっと彼を支えてきた奥さんは公演に賛成だった。
出産を経験したことがないくせに耳年増な私は
出産前の不安定な時期だから相当覚悟して
奥さんとよく話し合ったほうがいいと伝えた。
彼はきっと公演をすると思う。
そして私は おめでとう と言いながらも、
どこかうわの空だった。
心から祝福する気になれなかった。
戸惑う人間にも子供はできる。
次の日、不妊の検査を予約していた。