2026年2月、たまってきたハギレや母から引き継いだ洋裁道具、糸類を再び整理していたときのこと。
「これも使う?」と母が持ってきたものは、ちりめん細工用の大量のハギレ(段ボール1箱分)と、3枚の浴衣でした。
母はかなり前にちりめん細工作りをやめてしまったのですが、生地は捨てられなかったのでしょう。
どうしよう⋯ちりめん細工に興味がないわけではないけれど、そんな時間があるだろうか?
超スロー・ソーイングだから、作った服の数だってまだ少ないし〜💦
でも、この生地、私も捨てられないなぁ。
一緒に置いてあった「ちりめん細工の本」のページを開くと、まぁ、かわいい💕
考えてみれば、母が「ちりめん細工」を始めた年齢は、今の私の年齢よりも上なわけで⋯🧐
うん、処分せずに置いておこう!(保留)
3枚の浴衣
手渡されたのは、ビニール袋に入った3枚の浴衣。
(1)弟が高校生のときに学校で購入させられた浴衣
🔹白地に校章と学校名にちなんだ四字熟語がプリントされているもの😅
(2)母の知人が練習用に手縫いした浴衣
🔹濃い紺地に白い花柄が入ったもの
(3)私が小中学生のときに来ていた浴衣
🔹紺地に色とりどりの「ひまわり」の柄が入ったもの
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(1)と(3)は知っていましたが、(2)が謎なので母に尋ねました。
その浴衣の生地は今から30年くらい前、母の知人Aさんから頂いたものだそうです。
そしてそのことを知った別の知人Bさんが、「それを練習用に使わせてほしい」と母に頼んだのです。
母はすでに自分の浴衣を持っていたので、新しい浴衣の生地が必要だったわけではありません。
ということで、あっさり「いいよ!」とその生地をBさんに渡しました。
そしてBさんが練習として手縫いした状態で母の元に戻ってきて、そのまま誰も着ていないとのこと。
なんか、よくわからん話ですよね?
私はざっと簡単にそれらの3枚を確認して、「夏前に解体して、スカートかワンピースでも作ろうかな?」と考えました。
あ、弟の浴衣だけは「練習用」にしますけどね!🤣
そしてそのまま、またビニール袋に戻して棚にしまい込みました。
再び、浴衣の詳細を確認
2026年4月に入り、私は「アンダードレス」を作ったあと、いよいよ「金魚ワンピース」作りの本番に入っていました。
それがもうすぐ仕上がるという段階になって、「次に何を作ろうかなぁ?」と考え始めました。
そうだ、あの浴衣を使ってスカートか何か作ろうか。
私は和服には興味がないので、浴衣の形をそのまま生かしたリメイクをするのではなく、完全に解体して「生地」として使うつもりです。
ひとまず弟の「学校浴衣」からほどいていって、どんなサイズの生地が取れるか見てみようか?
ほどくの、大変かなぁ⋯⋯
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ビニール袋から3枚の浴衣を取り出して、それぞれの生地の状態と縫い目を確認することにしました。
(1)弟が高校生のときに学校で購入させられた浴衣
🔹白地に校章と学校名にちなんだ四字熟語がプリントされているもの
🔹白地なので、かなり「黄ばみ」が目立ち、泥汚れもついている
🔹ミシンで簡単に縫われているので、ほどくのは簡単かも
🔹これは「練習用」として使おう
(2)母の知人が練習用に手縫いした浴衣
🔹濃い紺地に白い花柄が入ったもの
🔹白い部分に、ところどころ茶色いシミがある
🔹手縫いなので、ほどきやすそう
🔹柄がシックでシンプルなので、スカートに見えるデザインのパンツを作ったらいいかも?
(3)私が小中学生のときに来ていた浴衣
🔹紺地に色とりどりの「ひまわり」の柄が入ったもの
🔹ピンク、黄色、緑、白が入った明るいデザインなのでワンピース向きかな?
そして、その「ひまわり柄の浴衣」の縫い目を確認するために裾を見ると⋯⋯
「😳 これ、手縫いしている!」
しかも、まつっている糸が見えないほど完璧な職人技です。
ずっと「既製品」だと思い込んでいたので、驚いた私は母の部屋に向かいました。
🍋「ひまわり柄の浴衣、お母さんが手縫いしたの?」
母「違うよ。おばあちゃん(私の祖母、母の母)が縫ったのよ」
🍋「ウソ! だっておばあちゃんは、私が幼稚園に通っていた時に亡くなったでしょ。それに、(母の実家の)布団の中で寝込んでいるおばあちゃんの記憶しかないし。いつ縫ったの?」
母「いつだったか⋯⋯」
母は私の反応に、困惑していました。
私が知らない時代、おばあちゃんが元気だった頃のことだとすると⋯⋯
🍋「もしかして、昔、その時代、女の子が生まれたら成長を願って浴衣を作る風習があったとか?」
母「そう。だから成長に合わせて着られるように作られているのよ」
私は動揺したまま自分の部屋に戻り、その時着ていた服の上から「ひまわり柄の浴衣」を羽織ってみました。
裾は床より長く垂れ、大人でも着られる長さに思えます。
でもおばあちゃんは、私がこの浴衣を着ている姿を、見ることができなかったんだ⋯⋯
🍋「お母さん、この浴衣は解体できない」
母「どうして? このまま仕舞っておくより、ワンピースとかに作りかえて欲しいわ」
🍋「この事実を知ってしまったら、それは無理。できないよ」
それ以上言うと、涙がこぼれそうだったから心の中でつぶやいた。
生地にハサミを入れるのができないだけじゃなくて、一針一針、おばあちゃんが私の成長を願って縫ってくれた「糸」が切れないんだよ〜〜〜!
その日の午後は、金魚ワンピースのフリルをつけた部分にロックミシンで端処理をする予定になっていました。
ロックミシンをかけているときも、心の動揺は収まらず、涙が止まりません。
吐き気がするほど泣きすぎて、全く集中できませんでした。
🍋 🍋 🍋 🍋 🍋 🍋
夜になり、少しずつ気持ちも落ち着いてきました。
もし、私が洋裁を始めていなかったら、この3枚の浴衣は処分されていたでしょう。
それらがどんな経緯で存在するか、知ることもなく。
時空を超えて、今、おばあちゃんの想いが私に届いたみたい。
じゃあ、時空を超えて、今、お礼を言うね。
「ありがとう、おばあちゃん」
🍋 🍋 🍋 🍋 🍋 🍋
🍋「ねえ、もっと早くこのことを知っていたら、高校時代にも積極的にあの浴衣を着たと思うよ」
母「いや〜、あの柄はやっぱり中学生までよ!高校生には、かわいすぎる」
🍋「そうか⋯⋯。でも、あれは今年の夏に一度、家でちゃんと『浴衣』として着てみるよ。どうするかはそれから考えるわ」
母「⋯あれを盆踊りで着ていたこと、覚えている? よく似合っていたよ😊💕」
あらためて生地を確認すると、これが3枚のうちで最も古いというのに、一番綺麗な状態でした。
白い部分が少ないから、汚れやシミが目立たないんだね。
この明るく華やかな「ひまわりの花柄」を、選んでくれたおばあちゃん。
そう思うと母の言うように、この「生地」自体を活かしてワンピースかスカートを作り、家の中で着てあげた方がいい気がしてきました。
生地や道具を活かすことは、自分を「生かす」ことでもあります。
これは、服作りを始める前からのテーマです。
残りの人生、私は「自分を生かす生き方を選ぶ」と決めていました。
実際に洋裁を始めたとき、いかに自分が「今まで自分を殺して生きてきたか」ということを実感しました。
イキイキと目を輝かせて製図をして、自分の理想のイメージを形にしていく楽しさ。
やりすぎて寝込んでも、止められないほど夢中になっている。
究極の自己満足でもいい、カメの速度でもいい。
世間や他人の基準なんて、どうでもいい。
残りの日々は、本当に好きなこと、思いっきりやっていいよ!
私には、目に見えない「味方」、「応援団」もついているから😄
🍋 🍋 🍋 🍋 🍋 🍋 🍋 🍋
そして、おばあちゃん以上に、今、同じ時間を生きている母を大切にしよう。
あれこれ口出ししない「放任主義」で、質問したときだけアドバイスをくれる「良き大先輩」。
「別に本の通りに作らなくてもいいのよ。おばあちゃんも、おばさんも、みんなそうだった」と言う母。
もうミシンを触る気もないようで、直接お手本を見せてくれることがないのが残念だけど⋯⋯。
貴重な昔話を聞かせてくれて、
「ありがとう、お母さん!」