学生の時にはそんな社会人になることを想像していた訳もなく、ただ日々好きなことをして生きて来た気がします。しかし、神の思召しか何かの縁かで、この通信業界に就職することになりました。
始めのうちは先輩社員や外部工事業者の方々に叱られる毎日で、何度となく辞めたいと思ったことか。
本気でこの仕事は自分に向いていないのではないか?という疑問を先輩にぶつけることもありました。
そんな事を続けているうちに、自分の会社の中にもお客様の中にも私を信じてくれる人達が現れる様になりました。小さなトラブルが大きなトラブルになり易い仕事の中で、技術者としてお客様に信用して貰えることの嬉しさは格別なものがありました。
通信は「信用」を「通す」ものだ。という大先輩の言葉が判る様になったのも、その頃の事だったと記憶しています。
それから先には自分に自信を持って仕事に取り組める様になりましたが、大きな転換点が訪れました。
それはインターネットの普及と、その数年後に訪れる「IT革命」でした。
それまでの通信の概念を覆すような構造やセキュリティ、私には理解出来ない事ばかりでした。
個人的な事情を挟んでしまえば、この頃に私は結婚を決意して、結婚相手となるご両親への挨拶の話が出ており、その時に私の仕事が「IT系」(その頃には既にそう認識されていました。)という事で六本木付近のベンチャービジネスの方々の話題もあって、「信用ならない」とコメントされた事は本当にショックとしか言いようがありませんでした。しかしながら、今考えてみるとその当時は、ITを使って業務を変革して行こうとする推進力はあったと思いますし、ツールとしてのITという位置付けにおいては現在よりも正常な評価の対象になっていた気がします。
現在に視線を動かすと、日々増える通信量(情報)と格闘する携帯キャリアや新しい機器を開発しては販売する機器メーカー、新しい技術動向に右往左往する技術者などなど。。。
ここの中のどこに「信用を通す」ものがあるのか?判らなくなるのも当然です。
結局のところ、誰も利用者の目線で動いていないのではないでしょうか?
確かに賢い利用者が賢いサービス提供者や賢いメーカーを育てるのかも知れませんが、それは「鶏と卵」の議論になってしまいます。しかし、このスパイラルからは抜け出す必要があるのは間違いありません。そんな事に疑問を抱いてしまった日から私は大きな組織の中でお客様の目線を無視した提案を続けることに罪悪感すら覚える様になってしまったのです。
こんな話を身近の数人に話してみると、驚いたことに同じような気持ちを持っていたのでした。
私はこのままでは「この業界自体がおかしくなる。」そう思っています。
では何が出来るのか?何をすればいいのか?
その答えのひとつが会社の設立です。
何も知らない何も考えていない私を一人前の社会人にしてくれた、この業界に、私が出来ることは・・・「信用を通す」というポリシーを貫き通す会社を成長させていくことだと考えました。
そして行う仕事の中心には本当に必要なものとそうでないものの取捨選択のお手伝いだと思っています。
これがまさに賢い利用者への第一歩であると信じているからです。
MoST(最上級)のコミュニケーションを社名としました。
これは通信の最上級をも表していると思っているからです。