また、起きてしまいました。
交通事故と呼べないのでは?と思えるような痛ましい事件が毎日のように起こっているこの現実。
やるせないです。
一生懸命生きている小さな命やそれを守る優しい命が、いい加減な命に掻き消されてしまう。
不合理です。
先日、京都で起きた殺人事故については、弁解の余地は無いと思う。
無免許で、しかも徹夜で遊びまわり、その挙げ句の殺人事故。
同乗者、自動車を貸した所有者も当然同罪。
(同乗者に大学生?。大学とは最高学府ですよね?。でも幼稚園以下の偏差値で入れる大学って存在することに初めて気づきました。)
被害者側からすると、たまったものではない。
自覚していない「通り魔」に突然遭遇してしまったようなものだ。
しかも、そこはセーフティーゾーンで有る。「通学路」である。
それを事故とか過失とかの言葉を使ってほしくは無い。
事故や過失は、真面目に生きている人が、まれに起こしたこと(だからといって、仕方ないと言う意味では絶対に有りません)に対し使うべきで、起こるべくして起こった事故は殺人であるはず。
加害者の更正のみを考える「人権」社会にうんざりです。
過保護すぎます。だから後を絶たない。
子供の虐めもしかり。
虐められた子供が自殺した場合、本来なら「殺人事件」である。
しかし、現実には、「イジメ」と言う生ぬるい言葉に分類されてしまう。
だから加害者に罪悪感など生まれはしない。更正など無いのです。
だから、誰かが「犯罪」である事を気づかせてやらなければならない。
赤信号みんなで渡れば・・・・ではないが、凶器は言葉、しかも複数人で、場所が学校という密室。これで完全犯罪成立。
例えば、大人が毎日無言電話をかけられ、自殺に迄至らなくても、精神科などへ通院すれば、傷害事件が成立するというのに何故?。
持ち物を傷つけられただけでも「器物破損」が成立するのではないのか?。
法治国家の日本とは思えない不思議な世界である。
しかし、子供がそれ以上の有ってはならない状況に陥っても「イジメ」という不確かな文字に当てはめられてしまう。
理不尽です。
人の世には、法律の理屈抜きで、誰もが認める、「分かりやすい正義」が存在してほしいものです。
裁判官にいちいちお伺いをたてなければ理解できない正義など正義ではありません。