繁岡シゲヲの『非常時にすいません、非常口はどちらですか?』 -13ページ目
風の強い日。
雪の降った地域も多かったようだ。

スマホ片手に歩く河川敷。視界の端には犬を連れたおじさんがいた。
こっちに気づいた犬がものすごい勢いで駆け寄ってきて足下を走り回った。

犬が好きなので、「こんな戯れは願ってもない」と、自分も手を出したり引っ込めたりして数秒間だけ遊んだ。

おじさんの方を見ると手をあげている。

いや、いいんですよ。僕も犬が好きなんで。と手をあげて無言の返事をする。
すると、おじさんから信じられない言葉を投げかけられた。

「ちょっと来て!犬が川に落ちた!」

俺のとこに駆け寄ってきたトイプードルは相方が川に落ちた為に近くを通っていた俺に助けを求めていたらしい。

よく考えれば駆け寄るスピードが尋常ではなかった。

「え!マジすか!!」
これは一大事だとおじさんのそばへ走った。

トイプードルが川に浮かんでいる。溺れているではなく文字どおり「浮かんで」いた。完全に動いていない。岸から川面まで1メートルほどの高さがあり、手を伸ばしたとしても明らかに助け出すことが出来なかった。
水温はかなり低いだろう。
その様子から20~30分はおじさん一人で格闘しているようだった。

おじさんはどこからか見つけてきたボロボロの竹竿を首輪に引っかけようと必死だった。
幸い、川の流れはほとんどない。

俺も落ちていた木で手前に寄せたり向きを変えたりの試行錯誤を繰り返す。

なんとかおじさんの竹竿が首輪に引っ掛かり持ち上げることができた。

微かに動いた足。動いたというより痙攣に近い。
「あ!動いた!まだ大丈夫!」
自分でも、おじさんを元気づける為に出た言葉なのか、本心から出た言葉なのか分からなかった。

お腹をさすると水を大量に飲んだようでパンパンに脹れていた。
口を開けさせようと手をやるが食い縛ったまま開くことができない。
足もピーンと伸びたままだった。

おじさんが強引に口を開くと、舌の色が紫になっている。
目は開いているが定まっていないようだ。

水を吐かせようとお腹の辺りをグッグッと押してみる。
がんばれがんばれ。

俺に駆け寄ってきた方の犬も、心配そうにウロウロしたり舐めたりを繰り返していた。

おじさんが言うには、もう14才で目もほとんど見えておらず、少し目を離したときにボシャと音がして落ちたらしい。

結局おれがいる間に意識は戻らなかった。

「ありがとう、獣医に連れていってみる。本当にありがとう」と言って犬を抱えあげたおじさんは車に向かった。
もう一匹の犬も、抱えられた相方を覗きこみたい気持ちの現れからか、飛びはねながら車に急いでいた。

みなさん犬から目を離さないように。