「○○ちゃん、
わたしのこと嫌いなんだと思う」
ある日、
6年生の娘が、
ぽつりとそう言いました。
学校で、あるクラスメートが、
娘と一緒にいる友達には
「○○ちゃん、バイバイ」
と声をかけるのに、
そのすぐ横にいる娘には
何も言わないそうです。
同じ場所にいるのに、
自分だけ名前を呼ばれない。
「何かしたのかな」
「どうしてだろう」
「嫌われたのかな」
娘は
平静を装っていましたが、
その言葉の奥には、
小さな寂しさがありました。
わたしは、
すぐには答えられませんでした。
「気にしなくていいよ」
そう言うことも
できたと思います。
でも、本当にそれだけでいいのかな。
そんなことを
考えていました。

隣にいる友達には声をかけるのに、
自分には何も言われない。
同じ場所にいるのに、
自分だけ通り過ぎられる。
それは、やっぱり悲しいことです。
「なんで、わたしだけ?」
「何か悪いことをしたのかな?」
傷ついて
そう思ってしまうのも、
無理のないことだと思います。
だから、
「そんなの気にしなくていい」と、
すぐに
気持ちを消さなくてもいい。
悲しかったら、悲しくていい。
寂しかったら、寂しくていい。
まずは、
その気持ちを
否定しなくていいと思うのです。
大人だって同じです。
誰かに避けられているように感じたり、
自分だけ
声をかけてもらえなかったりすると、
胸がざわっとする。
「わたし、何かしたかな」
「嫌われたのかな」
そんなふうに、
自分を
振り返ることがあります。
だからこそ、
子どもに伝えておきたいことがあります。
クラスメートが娘に
「バイバイ」と言わなかった。
それは、その子が選んだ行動です。
何か理由があるのかもしれないし、
特に深い意味はないのかもしれない。
本当の気持ちは、本人にしか分かりません。
だから、
「嫌われたんだ」と決めつけなくてもいい。
でも、
もし本当に
相手が自分を好きではなかったとしても。
それと、自分の価値は別の話です。
娘には、
こう伝えたいと思いました。
「その子があなたを好きかどうかと、
あなたが大切な人かどうかは、
別のことだよ」
誰かに好かれたから
価値が生まれるわけではないし、
嫌われたから
価値がなくなるわけでもありません。
人には、それぞれ好き嫌いがあります。
気が合う人もいれば、
どうしても合わない人もいる。
それは、大人になっても変わりません。
だから、誰かの気持ちを、
自分の価値を測るものさしにしなくていい。

もう一つ、娘に伝えたいことがあります。
「その子がバイバイって言うかどうかは、
その子が決めることなんだよ。
でも、あなたが言いたいなら、
言っていいんじゃないかな」
相手が声をかけてくれなかったから、
自分も声をかけない。
それも一つの選択です。
でも、
「わたしは挨拶したい」と思ったなら、
それを選んでもいい。
相手がどうするかは、相手が決めること。
そしてまた、
自分がどうするかは、自分で決めていい。
「どうしたら好かれるかな」と考えるより、
「わたしはどうしたいかな」と、
自分に問いかけてみる。
そのほうが、
自分の心を見失わずにいられる気がします。

「嫌われたくない」
そう思うと、
人は自分を
変えようとすることがあります。
もっと相手に合わせたほうがいいのかな。
もっと我慢したほうがいいのかな。
でも、
誰かに好かれるために、
自分を小さくする
必要はありません。
もちろん、
自分の言動を
振り返ることは大切です。
誰かを傷つけたのなら、謝ればいい。
直せることがあるなら、直せばいい。
でも、
それは自分自身を
否定することとは違います。
「ここは直そう」
と思うことと、
「わたしはダメなんだ」
と思うことは、
まったく別のものです。

ただ、
「自分らしくいればいい」
という言葉だけでは
足りないこともあります。
もし繰り返し傷つけられたり、
無視されたりするのなら、
ただ耐え続けなくていい。
その場から離れてもいい。
「嫌だった」と
伝えてもいい。
先生や家族に相談してもいい。
自分を守ることも、
大切な選択です。
相手を大切にすることと、
自分を犠牲にすることは
同じではありません。
自分のことも、
ちゃんと大切にしていいのです。
誰かに嫌われるのは、悲しいことです。
できれば仲良くしたいし、
できれば好かれたい。
そんな気持ちがあって当然です。
でも、
そんなときに、
自分まで自分を責めなくていい。
「わたしが悪いんだ」
「わたしなんてダメなんだ」
そうやって、自分を否定しなくていい。
もし直したほうがいいところがあるなら、
一つずつ変えていけばいい。
でも、
「直すところがある自分」と、
「価値のない自分」は違います。
誰かに嫌われても、
自分まで自分を
嫌いになる必要はありません。

たぶん、わたしが娘に伝えたいのは、
「どうしたら嫌われないか」
ではないのだと思います。
人は、どれだけ優しくしても、
すべての人に好かれることはできません。
だから本当に大切なのは、
嫌われない自分をつくることではなく、
嫌われたときにも、自分を見捨てないこと。
娘が、いつか大人になって、
誰かの態度に傷つき、
自分を責めそうになる日が来たら。
そのとき、
今日のことを
思い出してくれたらいいなと
思います。
「悲しいのは、悲しくていい」
「誰かの気持ちと、
わたしの価値は別のもの」
「相手がどうするかは、
相手が決めること」
「わたしがどうするかは、
わたしが決めていい」
そして、何よりも。
誰かに嫌われても、
自分まで自分を嫌いにならなくていい。
世界中の人が味方でなくてもいい。
でも、自分だけは、
自分の味方でいてあげてほしい。
娘のあの日の小さな「なんでだろう」が、
いつか誰かに好かれるためではなく、
自分の心を大切にしながら
生きていくための、
小さな種になりますように🌿
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