私の「今住んでいるマンションは人間の住むところじゃない!」宣言をして、マンション生活にえらく満足している旦那を、なんとか説得し、戸建てに住み替えをすることに成功した。
「家が、立つのが楽しみでしょうね」
周りから言われるが、ぜんぜん、楽しみなんかじゃない。
私の感覚では、A地点からB地点に住み替えをするだけだから。
住んでいる所が、ついの棲家ではなかったというだけ。
家なんか、雨露しのげればそれで良い、要は自分にあったライフスタイルがつらぬけるかが問題。
やっぱり、玄関でたら、即、車でゴー、で、なくちゃ。
高層マンションなので、下に降りていくのもおっくうなのに、そこから駐車場まで、たどり着くまでもしんどい。
両手に荷物は拷問。
年をとったら、手っ取り早くマンションのような所に入った方が楽だ、とかよく言われるが、それはやはり人それぞれなんだとよくわかった。
こんなに気苦労があり、制約があるとは思ってはいなかった。
何より、移動に体力が必要。(年寄には酷です)
私自身は、人様を外見で判断しないけれど、世間は外見で判断するに決まっていると思っている。
マンションもただの集合住宅ではあるが、家を一歩出たら、そこには社会が始まっていると思っている。
新聞一つ取りに下に降りていくのも、昼間買物で買い忘れた食材を、近くのコンビニ買いに走るのも、チョイとばかし身なりを整えて家を出ないとまずいような、面倒くささがある。
エプロンがけは、無い。
この夏は、例年にない暑さもあって、家の中では、とんでもないことになっている。
旦那は、家の中では普通に、ステテコ一枚でウロウロ、私もにたようなもの、裸族か、海の家状態である。
これも、オートロックが故のできる技。
突然、「こんにちは」がないからね。
宅配が、下からコールしてきた時、それー、と着替えればいい。
下の階に住んでいる一人暮らしの姉の、生死の確認も兼ねて、時々訪ねていく。
こちらも、負けてない。
エアコンがあっても、絶対使わない姉は、爺さんが、婆さんが区別のつかない格好で、扇風機にしがみついている。
「エアコン使いなよ」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「すごい格好じゃない」
「あんた、いくらなんでも、そりゃ外に出るときは、あんた、いくらなんでも、私だってちゃんとした格好でさ‥」
安心した。
連日の、暑さの中、私達の粗末な家を建てるため、頑張ってくれている大工さんに、時々差し入れに旦那が行く。
「参ったナー、皆俺と同じぐらいの年回りで、下手したら上かもしれないよ」
建築関係は、どこも人手不足なのか。
親方さんをはじめ、爺さん集団に、複雑な思いと、変な感動をいだいた旦那は、ちょくちょく差し入れに、いくのだが、
ある時
「やっぱり、冷たい水が一番だな」
「ヤカンに氷入れて持って行こう!」
「ウチにヤカンないか!」
ありません!
今そんな風景見たことない。
昭和の時代の作業現場か!
だいたい、非衛生的、ヤカンの口からホコリが入るし、毎日ヤカンを取りに行かなきゃならないよ。
そこで、ミネラルウォーターの本体を凍らせて、持っていくことを提案した。
「そうか」と旦那
すると、腹が立つことに、旦那は自らスーパーに行って、何箱かのミネラルウォーターを、台車に積上げ買って来た。
なんという、行動力!
私が、夏場でみるみる消費されていく、烏龍茶や麦茶のペットボトルを重たい思いをして、せっせと家まで運んでいるのを、知らないのか!
こんなふうに、箱買いを手伝ってくれたら、どんなに助かることか。
それから、毎日、前の晩から冷蔵庫の冷凍室で凍らせた水を、せっせと差し入れに、行くようになった。
ここ何日か、天候が不順で、暑さもひと息ついたような。
昼少し前になると、いつものように、出かけるために、着替えはじめる。
「今日は、いいんじゃないの」と声をかける。
返ってきた言葉に、ビックリした。
「いいんだ、これも功徳だ、俺は功徳を積んでいるんだ」
この男から、そんな言葉を聞くとは
いったい、どの口が言わせているんだろう。
どちらかというと、世間に背を向け、ニヒリズムのかたまりのような男。
生前、旦那の母親(姑)は、とても信心深く、人に対して情の厚い人だった。
口癖のように、
「徳をつまなきゃだめだ」
「年寄には親切にしろ」
「誰にでも、腰は低く、頭を下げろ」
おまけに、
「〇〇は(旦那の名前)徳がないから警察のスピードの取り締まりに捕まるんだ、とにかく年寄には親切にしろ」が、おはこだった。
旦那が、徳がない事は確かだったが、取り締まりで捕まるのは、若い頃は単にスピードを出しすぎることに原因があるのだが‥
でも、確かに、車の運転には運が無いというか、暴走族でもない、四十のただの善良なおっさんが、ついに、免許取り消しになったのは不思議だった。
仕事が、忙しすぎて何処にも出かけない、会社は自宅と地続きなので、通勤に車に乗ることもない。
酒なんか一滴も飲まない男。
交通事故も、起こしたことがない。
いったい、何がとうして、免許取り消しまでになったのか、今でもよくわからない。
やはり、
徳を積んでなかったせいか?
若い頃、母親にあれだけ言われていた、「年寄には親切にしろ」を今、実行してはいる。
ただ、今は、自分も親切にされる方の、立派な年寄ではあるのだが。