相撲も、レスリングも、お笑い芸人界も、いやいや、あちらこちら世界の国々でも、ゴタゴタしてますね。

ゴタゴタできるのは、まだまだ人生現役である証拠。

引退組の私らは、人間関係も薄っぺらいから、外界とかかわることもないから、ゴタゴタもめる原因もなく、たまに散歩なんか行けば、足もとが、モタモタするのみですわ。



最近真剣に考えてることがあるんです。

脅し文句のように言われる、人生百年。

やっと、やれやれ、そろそろかと思っていたのに。

本当に百まで生きなきゃならないのでしょうか。

生きながらえてその先にあるのは、死。

年をとることは、ある意味生きていくことが拷問のようなものです。



お若い方は大変だね。

定年が延長されたり、その後の高齢者の雇用も促進されたり、死ぬまで働け!的な空気。

年金で足らなきゃ、自分の食い扶持ぐらい何とかしろって。

だけど、それは元気で働ける体力と年をとっても、社会に通用するスキルを持ち合わせていればの話し。

時々、やたら元気そうな老人がサプリメントのCMなんかに出ているけど、あれは例外。

ホントのことはわからない。

CMのあと三日位寝込んでたりして。

年を取ればみんな、それなりに等しくガタがきている。


今、私が働こうとしたら、雇ってもらえるのは、せいぜいスーパーなんかでウロウロしているお掃除のオバサンか、居酒屋の皿洗いぐらいか。

それで頑張っても、多分、三日で、「肩が…腰が…」と言い出して、「迷惑かけますから辞めます」になるだろう。

何よりも、悲しいかな、若い時のような「よし、やってやるぞ」という気力が一番なくなっている。

これじゃだめだと、一念発起。

ボランティア活動なんて、柄にもない事やってみたけれど、長続きしなかった。

やって分かった。

私がボランティアしてもらう方って。

百年生きるには、生きながらえるに足りうるに必要な潤沢な金と、病魔との共存というリスクがある。

金はない、病気はしたくない、やっぱ百まで生きるのは嫌だ。

嫌だといっても、死ねなきゃ同仕様もない。

まあ、私の場合、医者の太鼓判がついているからね。

百年は無い!

「大酒飲みは長生きできないからな」

何度言ったらわかるんだこのクソババア的な、先生の力強いいましめのお言葉を励みに、今夜も、グイグイやってますから。