はっと、気がついたことがあった。

大学の施設がなくなって、ネット授業だけという大学が設立されるというニュースに。

 

施設もモノだ。

モノがネット、デジタルに変わると不要となる。お金も。

会社も今、この方向に進み始めている。

同じ会社の人たちが一つ屋根の下で仕事をする必要もなくなり始めてて、

他の業種の違う人たちとオフィスシェアしながら仕事をする方が能率的かも。

 

確かに、ネットワークができるほどに場所という概念は薄まる。

 

電車で移動する時間の無駄。満員電車で朝夕ラッシュに揉まれるのは苦痛でもある。

気分転換にはなるだろうが。

 

毎日、同じところでパソコンとにらめっこは飽きるし、体によくない。

いくら、立ったままやるようにするにしてもだ。

席替えもいる。

 

問題は、パソコンやデバイスの扱い時間を制限することに重要性があるように思う。

 

会社勤め時代に、立場が上になるほどに、パソコンの操作時間を減らしたことがある。

もう数十年前の話ではあるが、一部の部下たちのなかにパソコンオタクのような人たちもいて

現場への巡回とパソコン操作時間制限を指示した。

理由は、現場が見えていない状態で、想像の世界だけで物事を判断するようになると感じたからだ。

のちに、パソコン精通者に、自分はパソコンが得意だと、話たら鼻でせせら笑われたことがあった。

その頃は、あえてパソコンをいじらずに仕事をしていたからパソコン操作ができるかどうかも知られては

いなかったからだろう。

もう30年以上、PCの黎明期からお世話になっている。貿易の仕事時代に覚えたタイプライターがブラインドタッチに

結び付くとは想像もしていなかった恩恵でもある。Config.sysばかりいじってて環境オタクということばが

流行った時期もあった。

 

ゲーム全盛時代。

かつて、三国志とか信長などのシミュレーションゲームがおそーいPCの動きの時代にはまったことがある。

それこそ夜中まで毎日だ。

大して得るものはない。

三国志の登場人物の名前を覚えたくらいのものだ。

 

ゲームにのめり込む、ゲーム障害がWHOで認定された。ゲーム依存症だ。

唯一の解決方法は、取り扱い時間制限だ。

テレビ依存症も酒依存症も、その対応時間に問題がある。

制限しよう。

 

あ、なんの話をしようと思ったのか。

前置きが長い。

すみません。

 

このブログのどこかに書いた記憶はある。

シンガポールの駐車場遠隔管理システムのことを。

車1台の区画単位で時間単価や場所確保などが遠隔で操作できるシンガポール。日本の駐車場は満空表示しかない。未だに。

日本の技術を利用しているのだが、日本でできない理由は、規制と競合によっている。

 

遠隔操作は、現場に人がいらないことを指す。

ネット時代の一番大きなメリットは遠隔で、情報のやりとりができることだ。

 

ネット化で通信上のセキュリティと速度を確立できれば遠隔化できることは多い。

 

・販売:処方箋薬局でも

・診療:医者の定期検診

・駅/駐車場:入出管理

・機器運転:自動運転

・工場:製造、検品、振り分け

・検針:スマートメーター

・授業:社会人や学生向けのオンライン授業

・会議/ディスカッション:ビデオ会議はもう普通に

遠隔でできることは多い。パソコンの不具合も遠隔操作で勝手にやってくれる時代だ。

当然ながら悪いこともやれる。

 

悪いことを遠隔でやる場合にも技術や工夫が必要だ。

だから、安心と安全は常にキープできるよう先行してレギュレーションを明確にすることはとても重要だと思う。

 

ちょっと違う話になるが、

コミュニケーション能力が高い人と数学機能の高さをもつ人は、どうも正反対のように思える。

言い方が悪いが、数学機能の低い人は、コミュニケーション力がとても高い。

きっと計算するところが違うのだろう。

逆に、人とうまく付き合えない人には数学機能が高い人が多いように思える。

 

どちらも高い人が良いのだろう。

なかなか難しい。

デジタルに強い人であることが遠隔操縦時代には求められるように思える。

見えないところで判断される怖さがある。

 

コミュニケーションは人間社会にとってはとても重要なこと。

コミュニケーションをどう改善、よくするかを常に考えながら遠隔化に臨んでもらいたいと思っています。