約7年ほど前になる。2004年にシンガポールの政府系不動産会社に入社した。PM事業を起案設立し事業展開のアピール中に知り合った会社だった。日本事務所を立ち上げたばかりで従業員は5名しかいなかった。そんな小さな部隊のお手伝いをすることになってその後5年間お世話になった。
日本の会社から100%外資への転職には相当悩んだ。でも、丁度独立するかどうか悩んでいたときでもありこれからはASIAの時代との予見もあり清水の舞台から飛び降りるつもりで飛び込んだ。普通外資では日本と違って転職の頻度が高い。数年の寿命といわれている。一生同じ会社で勤める日本の状態に驚かれる。東南アジア最大の不動産会社とはいっていたがそんな大したものとは思っていなかった。入ってからびっくりした・・
http://www.capitaland.com/

アジアの時代にどんどん進行している中、ここでのカルチャーショック体験をつづってみたいと思う。多分にこれからアジアに進出する人たちは戸惑うことも多いはず。何かの足しになればと。



http://www.capitaland.com/business/real/crtl.php?&sub=0
プロパティマネジメント(PM)ビジネスの提供をお薦めするのに4つの方法を提案した。その一つが会社に入ってお手伝いしようか?というものだった。決して転職活動をしていたわけではなかったがたまたま日本の商業施設を中心としたファンドを募集しそのために日本がわかるアセットマネジャー(AM)が必要だと。だからすぐ来い!と言われ25年間お世話になった会社を1週間でやめてかけつけた。未知の世界だったのもあり興味しんしんで飛び込んだのだ。
だから5年間はとても血沸き肉躍る経験の連続だった。
日本の会社では多分体験できないだろう。

言っておくが、英語がしゃべれたわけではない。商社で貿易部であった経験値はあったが英語嫌い。
でも、入社後毎日朝と夜の通勤時にはずーーーと英語だけをipodで聴いていた。遼君も宣伝しているパターンね。会社は違うけど。ことばは耳なれ。
だから英語がしゃべれるからといってえらいわけではない。極論を言えばあほでも英語しゃべる。
しかし、日本で英語をしゃべれないトップも多く通訳を通してビジネスを薦める姿を外国からはどうみてもアホに見えると思っている。
だから英語位は・・、ということ。

と、偉そうに私は言えない。
入社そうそうにいろいろ投資会社を回ったがすべて英語のプレゼン。GM系の会社とか・・
紹介されるところ以外は何を言っているか全く理解できないなかでのMTはつらい。
入社5日目には一人で上海出張。上海の商業施設のグランドオープンで前日にパーティがあり全社から幹部が集まるから紹介するという。ドレスコードはカジュアルと書いてあるが国が違うからどうしていいかわからない。えーーい。ネクタイだけ外して出席した。正解だった。ほぼみなそんな感じ。テーブルの周りには若い中国の省庁の役員とかが座っていて英語での会話。2こと3こと位で言葉がつまる。
いやあ拷問環境だった。
半年間はとにかく大変だった。でも結果5年間もいたのだから。英語メールと英語の書類ばかりだけどなんとかなった。慣れはすごいね。

続く。KANKANのカン缶                                                     MONGOKANのブログ
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