金魚のお遊戯。

金魚のお遊戯。

自己満足場で候。

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ないんだけど、そんなものはうそで

っていうか自分が知ってるすべてのことがどうもうそだったみたいで

ってことはうそが嫌いなこの自分もたぶんうそで

って考えるとうそってたぶんもう本当のことで

つまりうそがあるっていうことがもううそで

っていうのもきっとうそで。

うそなんてものはもともとなくて

都合のわるいことをうそって名前で呼んで

つまり

我がやってる我は御都合主義の取るに足らないつまらないごみにだしてもおしくない毎日ってことで

あ、

明日は燃えるごみの日だ。

ついこの間までは
一人で過ごすことも
相手の予定を把握しないことも
外で馴れ合わないことも
自分に性別はないと思うことも
それが普通でそれが通常であるように
思考を上書きされてた。

その前のことは覚えてない。
確かにあった過去も忘れればなかったも同然。

今、そのままで居ていいと許された。
我が持つ名前が意味するそのままに居ていいと言われても
今の我にはそのままなんてものはない。
あるとしたらそれは
前の方が望んだ我。

そのままでいいと斯く云う彼の方もまた
自身が望む我であることを示唆する。
強要も無理強いもその加減の程度は問わずに
何もないままに
それが思惑を象るから辛い。

辛くはない。
嬉しく思って鼓動がゆれる。
それなのに違和感は残る。

違和感と罪悪感は似てて
どちらも鋭くはなく
確かに鈍痛だけを伝える。
その痛みに気付く頃にはもう罠の中。

明日がきたら
電話をしよう。
声を聞いて
忘れる自身の甘さに全てを委ねてしまいたい。