唐突に宝塚。約35年ぶりに宝塚の舞台を観てきた。
スケジュールとにらめっこしているうちに、良い席は完売。見切れるバルコニー席しか取れなかったが、神奈川県芸術劇場まで足を運んだ。そんな見切れる席なのに安くはないんだよね。
まあ、それでも席の環境は良かった。隣まで潰していて片側には人がおらず、舞台に一番近く前には手すり。
端から見たら相当お行儀の悪い客に見えるであろう姿勢でずっと観ていられた(笑)。
さて肝心の舞台だが…。まずは素晴らしいところを賞賛しよう。
セットは文句なく素晴らしい! お金をかけられるっていいね。美しいだけでなく、活用法に感心した。そして照明。あぁ…お金があるってホントにいいよね。
とにかく照明を活かすセット、セットを活かす照明。時間の経過だけでなく登場人物と観客の心情にさりげなくリンクして変化していく照明を、セットが最大限に受け止めて、これだけで高いチケットの元は取れたとニヤニヤが止まらなかった。
ただ見切れ席のため、上手のセットと役者の出捌けが全く見えず、1幕はイライラしていたのも事実。そこで休憩中(1幕と2幕の間の休憩が25分と長かったので)交渉して、2幕の開始から5分間だけ音響席の横で見せてもらい、上手のセットの確認した。その後本来の席に戻り、脳内補完をしながら観劇。無理を言って観ておいて良かった。でなければ、2幕のあるシーンで主役が何をやっているのかが分からずイライラすることこの上なかっただろう。
音楽も不満はなし。特に好きではないが、芝居の邪魔をしないもので、ごく自然に聞いていられた。
役者は…まあ、宝塚だからね、と言うしかないのかなぁ。
あんなにクサい(?)しばいなのに、薄いんだよね。
でもこれは脚本のせいもあるのだろう。元々のコクトーの原作が人間を深く描いていないわけだから。
芝居としては物足りなくて、なんだかな。
台詞劇と言うほど台詞の応酬もない。
それでも宝塚のファンには多いのかもしれないが…。
あと主役の2人以外の若手は、歌とセリフをもっと頑張ってほしい。音程とかの問題ではなく、言葉が聞こえてこない。音は聞こえるのに内容が伝わってこない。客としてはストレスが溜まるだけだ。
何を、どう伝えたいのかが明確でない言葉は決して相手に届かないものだ。