さて、昨日に引き続き。

自分なりにご法話を分析してみる第2弾です。

今回はTwitterで「ご法話勉強中!」を掲げていたおかげで、

ご縁をいただけた

広島県三原市 西念寺深水謙昭先生

のご法話をご聴聞させていただきました。

 

こちら築地本願寺チャンネルより。

 

 

Youtubeに上げたてホヤホヤ(アップから20分くらい笑)にお聞きしました。

 

 

以下内容のまとめです。

 

①ご讃題

仏心とは大慈悲これなり。

無縁の慈をもって
もろもろの衆生を摂したまふ。

『仏説無量寿経』より

 

②序説

・浄土真宗、阿弥陀様の説明

苦しみ・悲しみを抱えた私を「南無阿弥陀仏」という救いの名号として届いてくださり、

お浄土に参って仏様にならせていただく。

・「南無阿弥陀仏」で届かねばなかなかった阿弥陀様の御心は「慈悲」

 

③譬喩因縁

・「慈」→京都のお土産を隣人にもっていった話

・「悲」→庫裏で小指を骨折した話

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慈悲とは…

見返りを求めない。私の悲しみ、呻きを阿弥陀様の自分事として受け止めてくださる。

 

ところで、「愛」って何か。「相手、物を好きになる(である)こと」

「好き」が「憎しみ」、「怒り」に変化する。

…私が中心の心であるため

 

③譬喩因縁

・「愛」→広島カープの試合観戦の話

・「慈悲」→赤ちゃんと「いないいないばぁ」の話

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阿弥陀様のお心

→「愛」ではなく「慈悲」

「慈悲」は相手が中心のお心である

我々の苦しみ、悲しみを阿弥陀様の苦しみ、悲しみとして受け止めてくださる。

 

③譬喩因縁

外松多恵子さんのご著書『子どものいのち輝くとき』より

・子供は親、育った環境により立ち直り方が異なる話

・万引きした子供と親の対応の話

→子供の立場に立ち、悲しみを受け止める父親に阿弥陀様の慈悲を見出せるのでは。

 

④結勧

阿弥陀様…我々の悲しみ、辛さ、苦しみを阿弥陀様の自分事と受け止めてくれる。

苦しみ等を抱えた我々が変わる必要はない。抱えたままでいい。

「あなたを救える仏に阿弥陀様の方が変わる」

と「慈悲」の心をもって、「南無阿弥陀仏」として私に届いてくださる。

→浄土真宗のおみのり

 

⑤御文章拝読(聖人一流章)

 

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経験談、例え話が豊富で、自分の身近なこととしてお聞きできました。

「慈悲」というお心を終始一貫して丁寧にご説明されており、

阿弥陀様のお救いの心が伝わってきたことも印象的です。

 

今までご法話は「難しい話」「つまらない話」と思い込んで食わず嫌いしていた、

ということに気づかせていただきました。

 

またご法話見たらこの自分で分析シリーズを追加していきたいです!