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梅雨明け&39℃

本日、関東地方を含め日本全国各地の梅雨明け宣言がなされました、ね。

九州や西日本各地で猛威をふるった今年の梅雨前線でしたが、関東地方はどちらかと言うと空梅雨だったような気がします。(毎日、外回り営業をしている個人的な感想ですが)

本日は、朝から暑くなることが予想されたので、少しでも涼を求めようと思いまして榛名山や小野子山、子持山などの山間エリアを営業して回る事にしたんですけど、お昼前で榛名山・伊香保温泉近くですでに35℃。うだるような暑さで、避暑地でも何でもなかったです。

午後3時頃に平野部に戻って営業してましたが、ラジオから「本日、館林で39.2℃、伊勢崎でも39℃を超えました」との情報。多分、前橋も37~38℃はあったんじゃないですかネ。

猛暑のなか一日走り回って、それでも3t車の車検とコンマ25バックホーの修理依頼、ふたつ受注を取り付けたので、まぁまぁな一日でしたけど。9月末まで、2ヶ月余り、こんな毎日が続くのかなぁと思うと、ゲンナリします、、、ね。

桑名正博さん


MoryBoon.の思いつくがままに

桑名正博さんが今日の未明に脳幹出血で病院に緊急搬送されたとのニュース、先ほど知りました。

桑名さん、絶対に回復して下さい!
お願いします!

桑名さん、ついこないだまで力也さんのこと励ましてたじゃないですか。

僕が中学2年の当時、人気のTV情報番組「リブ・ヤング!」でファニー・カンパニーを観て、その瞬間からファンになりました。

桑名正博さんのソロデビュー作『Who are You?』も高校時代に何度も何度も聞き返しました。

バンドスタッフの仕事をしていた当時、1979年と1980年の年末、裕也さんプロデュース浅草年越しライブで、仕事現場をご一緒させて頂いたことがあります。(日比谷野音でも一緒だったかな?)
憧れだった人と同じ仕事現場、そこの空気を吸えたことを嬉しく思い、誇りに思ったこと、今でもよく覚えています。

桑名さん、必ず生還して下さい。

(写真はWebからの借り物となります)

七夕といえば

その昔、日本がバブル経済で賑わっていた頃、仕事を通じて知り合った女性編集者と、一時期とても仲良くさせて頂いてました。

このまま行けば、かなりうまく行きそうかなぁなんて想い始めて、何度目かのデートに誘いまして、渋谷でブランチした後、彼女から衝撃の一言。

「アタシ、結婚するんだ」

1990年の7月7日に、知り合って3ヶ月の男性と電撃結婚しちゃいました。

僕とは知合って2年近く経ってたのにね。僕が七夕で思い出すのは、こんな話です。




今も幸せに暮らしていて頂ければ幸いです。

「夏に読むならコレ!」というお題を受けて

とあるサイトで表題のお題が提示されました。

で、僕が書いた日記が、以下の通りです。

もう40年前の話になります。
その当時、中学2年の夏休みに読んだ本の読書感想文を宿題として提出して、それが、当時住んでいた県の感想文コンテストに提出された事があります。
その感想文が、評価されて、あれよあれよという間にコンテストで上位進出し、結果として「県知事・銀賞」を頂くことになりました。

その時、読んだ本は『赤毛のアン』です。

で、その「県知事・銀賞」が決まった当日か翌日、僕は午後のホームルーム終りに担任に保健室に呼び出され、真顔で担任から詰問されました。

「あの感想文、お前が書いたのか?」って。

「ハイ、そうですよ」と僕が応えると、「エラい事になってるんだ。もしお兄さんやお母さんに手伝って貰ったなら、今スグ、正直に言え」と担任のセンセ。
ほとんど僕を犯人扱い。

なんだコイツって、担任の事、思いましたね。


結末は、「県知事・銀賞」頂きましたヨ、ちゃんと自分で書いた感想文だったので。

訃報続きで。。。

ザ・ピーナッツのお姉さんが亡くなって、ドリフターズのオリジナルメンバー・小野ヤスシさんが亡くなって、「ちい散歩」の地井武男も今朝お亡くなりなったとか。

昭和を彩った方々がお亡くなりにありました。

伊藤エミさんのことは、先日書きました。

小野ヤスシさんは鳥取県境港の出身で、「鳥取が生んだスーパースター」とTVでおっしゃっていた姿を観て、僕も隣町・米子市大篠津生まれなので同郷ということだけで子供の頃から親近感を覚えていました。

地井さんは、「北の国から」での名演が、やはり一番印象的でした、ね。
ちぃちぃと呼ばれブレイクしてからの「ちぃ散歩」も毎週楽しく拝見させて頂いてました(僕も散歩好きですし)。

なんだか、とっても寂しいです。