あらすじ
最高に甘美で残酷な女子大河小説の最高峰
ののはな通信/三浦しをん
読み出したら面白くて面白くて、通勤時間と家事の合間を駆使して1日で読み切ってしまいました。
ののはな通信、可愛らしいタイトルです。ついでに装丁も可愛らしい。
この小説は最初から最後まで『のの』と『はな』の往復書簡形式になっています。
私は三浦しをんさんの小説がとても好きです。
彼女の小説はある一つの業界や職業とそれを取り巻く世界について書かれているものが多いのですが、おそらくとても丹念な取材や勉強を経て書かれていて、とにかく描写が詳しいのです。
その業界における専門用語や業態などの説明にかなりのページを割いていて、そんなに詳しく説明してくれなくても...と思うこともしばしば。
それでも堅苦しさがなくユーモラスで違和感なく読めてしまうのも三浦さんの文章の魅力です。
『舟を編む』で辞書編纂という仕事を知り、『神去なあなあ日常』で林業を知り、『仏果を得ず』で文楽という伝統芸能に触れ、『愛なき世界』でシロイズナズナの交配方法にやたら詳しくなり..
三浦さんの小説は、私を色々な世界に連れていってくれました。その世界の人々はみんな自分の仕事に一生懸命で悩んだり苦しんだりしながらも、結局その仕事が大好きで生き生きとしています。
魅力的な登場人物達は気付くと応援していて、主人公と一緒に喜んだり涙したり、自分がまるで一緒にその仕事をしていたよう。
読み終わると、もうこの世界の続きは読めないのか..と心に穴が空いたような気持ちになってしまうような小説達です。
ところがこの話は最初の数ページを読むと、少し様子が違って見えました。
まず時代は昭和59年。ののとはなはミッション系女子校に通う高校2年生の少女達です。
授業中のメモや、ポストに投函する手紙による往復書簡。
2人は当時の漫画雑誌の話で盛り上がり、学校での些細な出来事を話し合ったりしながら、
だんだんと親密さが増し、それが恋へと発展していくのです。
正直にいうと、少し期待はずれでした。
三浦さんがセクシャルマイノリティに関しても広い見解や知識をお持ちなことは周知の事実(簡単にいうと腐女子)ですが、
私はいわゆる百合の世界は苦手です。
しかし、読んでいくうちにこの小説の百合要素はおまけみたいなものであり、とにかくどんどん面白くなっていくのです。
そもそも思春期の女子高生同士の恋愛というと、
思春期に在りがちな閉塞的な世界と不安定な感情からくる一過性の恋を想像しがちです。
しかしこの2人はそんな生やさしいものではありませんでした。
『はな』は親が外交官で小さい頃から海外暮らしをしていた帰国子女のお嬢様。(家にはお手伝いさんが!)
勉強は苦手。天真爛漫で綿飴みたいにホワホワして、と評される甘え上手で社交的な女の子です。
『のの』はお嬢様だらけの学校の中で実家は庶民的。けれど東大にいけるほど成績は抜群で辛辣で毒舌。あまり社交的ではありません。
ののは行動や言動から、潔癖さが感じられるような少女でした。
はなへの恋心を自覚し、想いを告げ始まった2人の恋。
けれどそれはのののある裏切り行為によって、終わりを迎えます。
正直、その行為に関しては、え、ののってこんな子なの?!と驚かされました。
往復書簡という形式の小説は、結局読者も主人公たちの一面しか見えていなかったと思い知らされます。
そしてそれを決して許さず、狂おしいほど愛していると自覚しながら別れを切り出したはなのほうが潔癖であったということも、読者の知らない一面でした。
その後、大学生になりはながののに手紙を出したことで再び交流がはじまり、別の女性と穏やかな恋をはじめたのの、親の勧めで外交官の若者と婚約するはな。
そこで再び交流は途絶え、つぎはなんと40代。偶然ののが同窓生からはなのメールアドレスを知ったことではじまります。
恋愛小説が苦手な私にとって、この物語が俄然に面白くなるのはここからです。
はなは外交官夫人として夫の赴任先であるアフリカの小国ゾンダで暮らしています。
ゾンダという国調べたら架空の国なんですよね!街の様子や内戦の様子などとても些細だったので、何処かモデルにした国はあると思うのですが..
ののは東大を卒業後記事を書く仕事を始め、今ではフリーのライターです。
長く付き合った恋人と悲しい別れを経験し、今では猫ときままに暮らしながら仕事をする毎日。
今回三浦さんに連れて行ってもらったのは外交官夫人の世界でした。
赴任先に帯同することが多い外交官夫人達。
女子校や、女性の多い職業にありがちな女の園とまた一味違うのは、
外交官夫人の集まりというのは、個人の評価だけでなく、そこに夫の評価も加わってくるのでより複雑な社交性が求められるようです。
海外での帯同にはパーティーの出席の同伴があったり、他国の大使の訃報やお祝いの情報を集めて然るべき連絡を入れたりと大使である夫が恙なく公務にあたれるように日々アンテナを張っているようです。
こんなエピソードがありました。
帰国していた時、大学時代の恩師の葬式に出席したはなの夫。久々に旧友たちと交流し、良い葬式だったと満足げに帰ってきたというのですが、旧友たちの仕事の近況や情報など何一つ聞いてこなかったと、女だったらそんな場にいけば何百という情報を集められたのにと憤るはな。
外交官夫人でなくとも、そーゆーとこあるよな..と共感した女性読者も多いのではないでしょうか。
その後ゾンダが内戦で更に状況が悪くなり、心配するののと、決意を秘めたはな..本当に面白い展開でした。
後半だけでも十分に面白いこの小説ですが、やはり前半、10代の時に2人が身を焦がすような恋愛をして、心にずっとお互いの存在が燻り続けていた事に大きな意味があったと思います。
40代で再び連絡を取り出したとき、20年近くも連絡を取ってなかったにもかかわらず、2人は相手の返信を待ちきれないほど何度もメールを送ったり、もう関係はないのに、と自分では言いながらもお互いの環境に嫉妬めいたことを言ったりしながらも、自分の生活を大切にし、いまあったとしても昔のように情熱的な恋はできないと自己分析しています。
私がなにより面白かったのは、外交官夫人であるはなの人間性です。
学生時代、勉強が得意ではなく、卒業後すぐに父親の部下である外交官の夫と結婚したはな。
学生の頃から自分のことは『フラフラしていて地に足がついていない』と評し、いろいろな外国で暮らしたいからと社会に出ることなく父親の部下と結婚したことをどこか恥じるような素振りがありました。
学生時代のはなは帰国子女ではあったものの、成績もパッとせず『地味なブス』とある人物から罵られるエピソードなのもあり、明るく社交的ながら、決してクラスの中心人物として輝いていたような人物ではないのでしょう。
ところが外交官夫人の中で持ち前の社交性と甘え上手な性格のおかげもあり、コミュニティの中心人物として存在感を発揮し始めます。
それまでパッとしてこなかったことが、ある場所で突然輝きだすということは現実世界にもあることかと思います。
はなはそんな風に外交官夫人として世界に羽ばたいて行き、そして更に強い決意を秘めて、ある決断をします。
この小説を女同士の恋の話、と聞いていたら私は読まなかったかもしれません。
ののとはなが10代に死を連想するような大きな恋を終わらせたことはその後の2人の人生や考えの中で大きな部分を占めていきますが、
別にそれは女同士でなくてもいいのです。
この小説は女同士の恋の話ではなく、
大きな恋を終わらせた2人のその後の人生の話としてとても面白く読めました。
そして内戦の続くゾンダの日常などは、図らずとも今のウクライナの情勢を連想してしまいます。
もし百合はちょっと..と思う方も、ぜひそこで諦めず後半まで読んでみると、本当に面白いのでおすすめですよ。