ヴァレンタインとスペルに忠実になるのは面倒なのでバレンタインとさせていただきます。(日本人誰も下唇噛んでへんしええか)でも、僕に起こったバレンタイン事件を読んだら、悔しさと情けなさできっとヴァレンタインと下唇を噛みたくなること間違いなしだ。
僕が中学生の頃は、チョコレートの取り引きは闇で行われていたらしい。渡しているところももらっているところも見ることはなかった。僕は、バレンタインデーなんて都市伝説なんじゃないかとも思っていた。
僕は気づいていた。2月14日、男子の多くは「早く帰ったからもらえなかっただけ」というアリバイづくりのために早く帰る傾向があった。気がつくと闇取引を約束した悪党どもだけが放課後の学校になんだか浮かれ顔で残っていた。
なんで気づいたかって?
そりゃあ、僕が、もらえるかもしれないと思って校舎内に残っていた「痛い少年」だったからだよ。悪かったな(態度まで悪い)。
チョコの闇取引は、僕を巻き込むことなく3年という歳月が過ぎた。
高校に入ったら「義理チョコ」というバレンタインデーの意義を曖昧にする制度の始まりがファンファーレと共に高らかに宣言された。
保育園からの同級生の女子(吉田さん)に、放課後自転車置き場に呼び出された。いよいよ来たか、悪魔の闇取引の誘いが…
彼女は、スカートのポケットから、立派な包装が施されたチョコを取り出すと、僕に差し出してモジモジしながら言った。
「これを剣道部の高橋くんに渡して欲しいの」
「あ、あぁ、和也に?」
「うん。ごめんね。それからこれはお礼」
彼女は、もう一方のポケットから、チロルチョコ1個を差し出した。いつからポケットに入れてたんだろうな。少し柔らかくなっていた。
剣道部の練習中に、和也を呼び出しチョコレートを渡した。
「誰から?」
「吉田さんから」
「それならいいや」
「え?」
「いらないから返しといて」
「ん?」
「変に期待させるのも悪いしさ」
「ぬぉ?」
僕は吉田さんを探して、事情を話してチョコを返した。吉田さんは僕の目の前で声をあげて泣いた。そして「ひどい」と言って僕を睨んだ。僕はなんとなく「ごめんね」と言った。
僕は、なんだか自分が悪いことをしたかのように少し落ち込んだが、同時にこの経緯に幾ばくかの理不尽さを感じた。
僕のポケットには生温かく、形が崩れたチロルチョコが1個入っていた。
こうして、義理チョコの歴史は幕を開けたのだ。チョコレート業界の思惑通りに、バレンタインデー、否、ヴァレンタイン・デイは栄華を極め、世の男たちを浮かれさせたり、曖昧な気持ちにさせたり、地獄に突き落としたりするようになった。
そうそう。僕が生まれて初めてもらったヴァレンタイン・デイ(下唇、強めに噛む。なんなら血が出るほど噛む)の義理チョコは、冷蔵庫で再生させて妹に食べてもらった。もちろん経緯はすべて話した。妹は涙を流しながら笑った。そしてチョコを食べながら一言言った。
「哀れやなぁ」
妹がこんなに的確に感想を述べるとは思ってもみなかった。妹はチロルの中のヌガーをぬちゃぬちゃ噛みながら「供養、供養」とつぶやいた。
※この物語はすべて実話である。登場人物の名前はいつも通り仮名です。悪しからず。