お気に入りの筆記用具がある。僕の同僚はボールペンにハマっていて様々なボールペンを買って試している。彼に「重くてあまり滑らないボールペンを貸してくれますか?」と言うと、少し考えてから「これ、使ってみてください」と言って貸してくれる。僕のリクエストで彼のストックリストから選ばれし一本は確実に僕が満足できるものだった。


僕の場合は万年筆だ。井上陽水さんの歌詞カードに並んでいたその文字に心を奪われた僕は、インクとつけペンを買った。しかしこれがなかなか不便で長続きしなかった。僕は諦めきれずに、細字の万年筆と決めつけて、数百円のものを買った。そしてノートにブルーブラックのインクの文字を刻み始めた。


大学時代に友人や家族に手紙を書いていた僕は、便箋やレポート用紙に文字を書き続けた。どこか修行のように、自己満足のために文字を刻み続けた。


働き始めて、ワープロが出た途端に、新しいもの好きな僕はキャノンのワープロを買った。分割で払わないと払えないほどの金額だった。テスト問題も脚本やレポートも全てワープロで作成した。先輩方から「ワープロはなくなる」と言われても、ワープロで文章を打ち込んだ。そのうちパソコンがパーソナライズされて手に入るようになってから、パソコンを買って使い始めて、実際に文字を書く機会は激減した。


しかし、大先輩や名刺交換をした先方に手紙を出すにあたってパソコンの文字に味気なさを感じた僕はウォーターマンの万年筆(10,000円くらい)を買って手紙を書き始めることになる。やや紙に引っ掛かりがある感じだったが、文字を刻む作業の喜びを思い出した。


その後、ラミーの万年筆を保護者の方からもらって使ったが、これがとても書きやすく2本目を買うに至った。黒だとやや重いために、ブルーブラックを買うのが常だった。


数千円ほどのものだが、10年以上使えていたのでコスパも申し分ない。万人受けする見事な万年筆であることは間違いない。僕も2本目を鍛えて、僕の癖を覚え込ませなければならない。ある意味、従順な印象のあるペンだと言えるだろう。


ただ、前に勤めていた私立高校を辞める時に、心から信頼できる事務長先生にいただいたパーカーの万年筆には驚いた。書きにくいことこの上ない。思ったように扱えずに、字がこんなに書き手を裏切るペンを僕は知らない。


贈ってくださった先生にそう伝えると笑って「だから選んだんです。あなたそっくり」と言われた。僕も爆笑して「闘います」と伝えた。「飼い慣らすのは大変でしょうが、楽しみもありますよ」と言われた。


ぜひ機会があれば万年筆でお手紙を書く楽しみを味わってみられたらいかがですか?