「おじいちゃんが死んだのは、私のせいなんです」


私は驚かなかった。こういう話の根拠は、遠因になる出来事が印象的で、何らかの罪悪感を抱いて、大切に思っている人の死をその出来事と結びつけてしまうからだ。慎重に聞き取りをする必要がありそうだ。


私たちは不器用に大きめの木製の机を挟んで、向かい合って椅子に腰を降ろした。少し冷えてきたから温かいお茶をいれようかと尋ねたが、冷たい麦茶があれば…と答えたので、冷蔵庫から麦茶のボトルを出して、2つのガラスのコップに注いで1つを神野さんの前に置いた。喉が乾いていたのか、彼女は一気にそれを飲み干した。もう一杯いるかと尋ねたら小さくうなづいたので、ゆっくり注ぎながら、彼女の方を見ずに聞きたかったことにゆっくりと入っていった。


「お気の毒だったね。おいくつだったの?」

「76歳。私にとっては両親以上の存在。」

「それなら尚更つらい。お悔やみ申し上げます」

「ありがとう、今上先生」

「担任も神野さんのことを心配してる」

「チャウチャウ」

「え?」

「担任の口癖。それがニックネームになってる」

「昔流行った犬の名前みたいだ」

「なにそれ?」


世代間断絶。調子に乗った。少ししゃべらせることで話しやすく感じて欲しい。


「チャウチャウには話せない。みんな言ってる。なんか軽くて信用できない。悪い人じゃないのはわかるんだけどね。」


やれやれだ。彼女の評価は当たらずといえども遠からずだ。彼女は極めてバランスよく評価している。逆に吉岡先生の彼女への評価がどうか聞いてみたいものだ。本題に入る頃合いだろう。


「神野さん、さっきの話なんだけど」

「どれ?」

「あなたがお祖父様が亡くなられた原因だって話してくれたよね」

「ああ、そうだよ」

「お祖父様は、ご病気で、それとも…」

「自殺です」


少し面食らって聞き返しそうになったが、さすがに飲み込んだ。病気でもない限り、76歳は亡くなるには若いと言われる時代だ。事故死か何らかの不自然な死だろうとは思ったが、自殺とはやはり意外だった。


「そうなんだね。じゃあお祖父様が自ら死を選んだ理由が、自分と結びついていると考えてるんだね」

「考えてるじゃなくて、実際そうなの」

「もう少し詳しく説明してもらえるかな?」

「相談されたの」

「誰から…何の相談?」

「おじいちゃんから『どうして欲しい?』って訊かれたから『死んで欲しい』って答えた」

「それで?」

「その日の夕方に自宅のマンションの屋上から飛び降りたの」

「驚いたでしょ」

「なぜ?って言うか何に驚くの?」

「自分が『死んで欲しい』って言った日に、お祖父様が亡くなられたから」


彼女はうつむいて、少し考えてから首を左右に振った。そして汗をかいて水滴のついたコップを口元に運びかけて机に戻した。


「正直、驚かなかった。驚いた方が自然だった?」

「驚きは感情だから、どうあるべきとかないんだ。気にしなくていい」

「そう?」

彼女は喉を鳴らしながら、2杯目の麦茶を半分ほど飲んだ。私は少し慎重に反論を試みた。


「言葉のやりとりだとそう聞こえるけど、実際にお祖父様が飛び降りたことと神野さんの言葉が関係していることは証明できないとも言えるんじゃないかな」


私は少し理詰めで、彼女の抱いている危惧の根拠を消そうと考えていた。彼女は少し黙ってから、暗闇を映し出している窓を見つめた。私は自分が感じ始めていた違和感を確かめようとしていた。


「うん。そうだね。確かにそうだ」

「無理に納得しなくていいんだよ。少し強引にあなたとお祖父様の死を引き離そうとしすぎたかもしれない。ごめんね、フェアじゃなかった」


神野さんは何かを考えているようにゆっくりと首を横に振って言葉を吐いた。


「違うの。私はそんなに器用なことはできない。今上先生は私を救おうとしてくれている。フェアじゃないのは私の方だよ」


少し驚いて彼女の目を覗いて驚いた。そこには強さというか固い意志のようなものが表れていた。


「少し疲れたから、明日また来ていいかな?今日は帰って休む」

「もちろんだよ。待ってるよ」

「先約があったら気にせずそちらを優先してください。私は慌てないから」

「わかりました。気を遣ってくれてありがとう」

「今日はとてもいい時間が過ごせました。ありがとうを言うのはこちらの方です。じゃあ、また明日。同じ時間にここに来ます」

「うん。それじゃあまた」


彼女はさっと踵を返すと、部屋のドアを開けて出て行った。廊下には来客用の薄っぺらいスリッパの音がパタパタと響いていた。


私の違和感は確信に変わっていた。そうなんだ。彼女は事実を伝え、自分の言葉と祖父の死が結びついているという推理の根拠が薄弱なことを認めた。しかし、彼女は祖父を失った悲しみについては少しも口に出すことはなかったし、悲しんでいるという印象さえ僕に残さなかった。だって彼女は今日のこの面談を「とてもいい時間」と締め括ったのだ。


彼女の『死んで欲しい』という言葉はもしかしたら本気だったのかもしれない。そしてその本気をお祖父様は感じとった。しかしだからと言って実際に自宅のあるビルの屋上に上って飛び降りるだろうか?当てつけともとれなくはない場所とタイミングで。


彼女が言う「フェアではない」とはどういうことなのか?私が感じた違和感はどこから来るのか?「悲しみの欠如」は彼女の必死の韜晦なのか、それとも実際に彼女は悲しんでいないのというのか?今のところ判断するための手がかりが十分とは言えない。


とにかく明日だ。