珍しく息子から連絡があり「今度の土曜日の昼空けといて」と言われた。「わかった」で終わる会話。「何が食べたい?」「あなたの食べたいものでいいよ」「…考えといて」


僕は息子に対して「あなた」「お前」とを使う。意味はない。唯一、僕の方に緊張感がある時に「あなだ」を使っている。最近は「お前」は失礼に思えて敢えて避けてもいる。英語教師としての僕の授業を真っ向否定してきた時があって、僕がムキになって言い争ったことがある。でも彼の主張にはいくばくかの真実が含まれていたように思う。僕が教職を離れた後だった。何十年も英語を教えてきた僕にとっては、幻想であれ何であれ否定されたくはなかったのだろう。考えてみれば、ムキになった僕はそこで敗北したのだ。時間が経ってみると、何のことはない、図星を突かれて感情的になっただけのこと。でも息子とは別な機会に互いの主張の修正を図った。それができることに感謝している。息子は、腹を割って飾らずに話ができる数少ない友人の一人でもある。


息子が「そんなに食べれないだろうから」寿司でも食べよう、と言ってきたので、商店街の中にある老舗の寿司屋のことだと思って予約を取っておこうと気を回して電話をしたが「うちは予約をいただいてないんで」と言われたので「では開店時間にそのまま並びます」と言って電話を切った。


待ち合わせの時間に息子がやってきて「予約が取れないみたい」だと僕が告げると、首を傾げて「この前のところだよね」と言うから、2人で言ったのは14年前なのに…と思って頭をフル回転させたら、目と鼻の先にある海鮮料理の居酒屋風の寿司屋があったことを思い出して説明したら「そこだよ、そこ」と言われ決着。


海鮮丼や寿司が得意な飯屋で、大事な客や妹と飯を食べる時に案内する店。僕は焼き鯖定食、息子は寿司と天ぷらの定食にとり天を単品で頼んだ。鯖は立派すぎたので食べ切れるか心配したが、味といい焼き加減といい申し分なくペロリと食べた。息子は寿司と天ぷらを平らげて、とり天を一つずつ口に運んだ。満足のいく内容だった。


この間に僕は自分の状況を説明して、相談に乗ってもらった。病院に入れるシステムの営業をしている息子から、大きな病院のメリットと小さいクリニックのリスクを説明されて納得した。「心療内科の方が敷居は低いけど、院長のカウンセリングが合わないとアウト。大きい病院は精神科のケースが大きいけど、複数のドクターを抱えてるからAがダメならB、Cという考え方もできる」2人とも転職組なので、様々な経験を交換しあった。


勘定書を息子が握ってレジに向かい、僕が慌てて追いかけると「父の日でしょ。今日は俺がもつわ」と言われて「あ…ありがとう」と言った。「親父、傘は?」と問われ、自分の席まで傘を持って行ってたのを思い出し店員さんに伝えて傘を取りに戻った。「よく覚えてたなぁ」と僕が言うと「変な柄だなぁと思ってたからね」と息子に言われて、2人で笑った。「niko and の1,000円の傘。気に入ってんだよ」とお気に入りを貶された気がして反論したが、反論になってないことがおかしくて独りごちた。


「じゃあね」「じゃあ」で別れた。


We are two of a kind. 僕たちは似たもの同士だ。


彼とは話している時に前提の確認が不要であり、僕の強みも弱さも理解してくれている。僕の方が彼のことで把握できていないことがあるが、それは当然だとも思う。別人格なんだから。束の間の幸福感で満たされた2時間だった。