昨日、大谷さんのニュースが狂想曲のように報じられる中、サグラダ・ファミリア聖堂が2026年に完成することが報じられた。アントニオ・ガウディ逝去から100周年を迎えるこの年に完成するというのも因縁めいている。ガウディが亡くなった時にはまだ1割ほどしかできていなかったこの異才の建築物は、内戦を経験し、違法建築であることが明らかになり、工事が遅々として進まない状況から、僕が生きている間には完成することはないと諦めていた。数年前に、2025年に完成の目処とのニュースが報じられて「よし、まずはそこまでは生きて完成した聖堂を見に行こう」と決心した。
イスパニア語(スペイン語)を専攻していた僕にとって、否、僕らにとってサグラダ・ファミリアは、象徴的な存在だった。しかし貧乏学生であった自分はこの目で見ることを諦めていた。
就職してから、ふとした縁でユネスコの活動に参加し、続けていく中で、
「スペイン語話せますよね?」
「はい。英語とスペイン語と大阪弁。」
渾身のボケをスルーされ…
「バルセロナで世界青年会議があるんですけど、申請しませんか?」
「え?僕で大丈夫ですか?」
「日本代表で1人派遣なので、ダメ元ですが。」
「ダメ元だったら、お願いします。」
ダメ元ではない。記念受験である。それくらいは僕にもわかった。
申請書を書いて提出した。試験は英語の電話面接。緊張気味に電話の前で待っていたら、電話がかかってきて英語で質問された。必死で答えたが、手応えはなかった。ま、記念受験だし。
しばらくして合格の一報。「え?」落ちると思って職場にも相談してなかった。上司に話したら怒られた怒られた。今となっては社会人になりきれていなかった自分を大いに恥じている。
会議の合間に訪れたサグラダ・ファミリア(聖家族教会)、グエル公園、カサミロ、カサバトーリョ。そのどれもがガウディの手になる作品である。美しいばかりではなく、周囲に溶け込むことを拒絶した異形とも言えるその姿は、僕の心を掴んで離さなかった。自分のその目で完成したサグラダ・ファミリアを見れないことがわかっていたガウディは、いったいどんな想いでいたのか?もしかしたら、彼の頭の中でデザインした建物のイメージこそが、彼にとっての完成形だったのかもしれない。
天才か狂人かと議論されるほどの異彩を放っていたガウディは、ミサに向かう途中で転倒して、路面電車に轢かれた。貧相な身なりの彼は、浮浪者と間違われ、治療が遅れて73歳の早すぎる生涯の幕を閉じた。
2026年。僕はサグラダ・ファミリアを訪れる。僕自身の生涯最後の旅行にしたいと思っている。