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モールシン部

モールシン&ムリダンガム奏者 竹原幸一のブログ

4月1日、六本木ヒルズにあるJ-WAVE FMの収録スタジオでモールシンを弾いて、ごく微力ながら口琴の普及と地位向上に貢献してきました。月~木曜日の午後に放送されている「RENDEZ VOUS」という番組のなかの、15時半頃からの「Find Tommorrow」というコーナーです。日常をもっと楽しくする提案、という趣旨の生放送番組だそうですが、そのなかで前もって録音された、僕へのインタビューやデモ演奏が紹介されるそうです。今日はその収録でした。放送されるのは3日です。つまり収録とオンエアとの間にこれを書いているわけです。


http://www.j-wave.co.jp/original/rendezvous/intothelife/


打ち合わせで、はじめお題は「インドの楽器・モールシン」をメインに特集と聞いていたけれど、それでは古典だリズムだと話しも込み入るし、普段まったく関わりの無いリスナーには敷居が高いのではないかということで担当の加藤さん(写真の女性)と意見が一致し、「口琴」そのものを中心に紹介し、演奏スタイルの一例としてインドのモールシンに触れるということになりました。口琴というのは手軽で誰でも親しみやすい楽器であると同時に非常に奥深くマニアックな楽器でもある、という切り口です。


モールシン教室やってます


情けないことに収録ではガクガクブルブルに緊張してしまい、何をどう訊かれ何をどう喋ったのかよく憶えていません。ただただ緊張のため、口琴マニアの端くれとして僕が思う口琴の魅力について語りたかったのに、言い残したことだらけのような後味ばかりが残っています。デモンストレーションの演奏も同じ理由でダメだった。色々勉強しました。


ただひとつ成果があったのは、口琴にまつわる僕の提言がラジオでできたこと。それは、日本の小学校の音楽の教科書で口琴を取り上げるべきというものです。子供たちは邦楽を含め、五線譜を使わない音楽のことも知るべきだと思いませんか?このことは長くなりそうなのでいずれまた別の記事で。


そうそう、ブログのタイトルやプロフィールを書き足したりしました。簡単に編集できますからね、こういうのは。

願わくば番組制作のスタッフの方々には、僕のたどたどしい喋りを巧みに修正、編集しておいていただけないものかとwww。


2012


4月  (お知らせ)7日の演奏の後、渡印準備と渡印のため、しばらく演奏活動はお休みです。



●3日(火) J-WAVE(81.3FM) 「RENDEZ VOUS」


15:30~15:45頃のコーナー「Find Tomorrow」に出演します。モールシンのデモンストレーションあります。


http://www.j-wave.co.jp/original/rendezvous/intothelife/



●7日(土)  「タミルニューイヤー!南インドパーカッション特盛りスペシャル!!」

午後6時開場、6時半開始

会場:国分寺「カフェスロー」(国分寺駅南口から徒歩五分)
〒185-0022
東京都国分寺市東元町2-20-10
TEL : 042-401-8505
FAX : 042-401-8503
E-mail : cafeslow@h4.dion.ne.jp

料金:3,500円(1ドリンク、ミールス食べ放題、ミュージックチャージ込み)

出演:
荒井俊也(ムリダンガム)
石井秀典(カンジーラ&タヴィル)
久野隆昭(ガタム)
竹原幸一(モールシン)



タカナドムカディン!










今朝友人から、ムリダンガム・マエストロのVellore Ramabhadranさんの訃報をうけました。1929年8月4日生まれで亡くなったのが昨日2012年2月27日ですから、82歳の生涯を閉じられたことになります。12歳の時にデビューされたので、キャリアは実に70年に及びました。父であり師であったVellore Gopalachariarはコンナッコールの名人でした。


僕はファンだったので、彼のステージに何度か足を運びましたし、間近で演奏を観たり終演後にご挨拶する機会にも何度か恵まれました。明るく接してくれましたが、厳しい雰囲気を湛えた方でした。何より彼の代名詞ともいえる「サルヴァ・ラグ」を生で観ることができたのは幸いでした。(※サルヴァ・ラグ→南インド古典音楽用語。リズミカルな反復フレーズとその展開。)そう、彼は「サルヴァ・ラグ」の名人であったのです。トリッキーなリズム遊びやきらびやかな超絶技巧には目をくれず、ひたすら脇役に徹する。ノリやムードをリードするのでなく、巧みに引き上げる。
彼はいつもソロが短くてシンプル。そういうこともあり、南インド滞在中、彼を全く尊敬しない若いパーカッショニストに多く会いました。反対に、彼を孤高の人のように扱い尊敬するミュージシャンにも多く会いました。また伴奏は、近年特に、音の数が少なく、全体に音量も控えめでした。ですが、急所のようなモノを的確かつダイレクトに突いてくる演奏でもあり、カルナーティック音楽のひとつの解答を観たような気がしたものです。その晩年のグルーブ感もやはり甘美なものでした。

何にせよ、彼のスタイルに対しては賛否両論のようです。ですが、あの音色あのサルヴァ・ラグの中で演奏したことのある主奏者の中には彼を否定する者はいないでしょう。


滞在中には何度か、彼に対する授賞式にもお邪魔することがありました。足が悪いのでイスに座るのも立ち上がるのも、長い時間がかかる。若いミュージシャンが駆け寄り手を貸そうとするが、固く断る。式が終わり帰ろうとするが、付き人も家族も連れてきておらず一人で来ている。歩くのにもやはり介助は固辞。一人で、ある日は待たせていたオートリキュシャーに乗り、ある日は歩いてゆっくりと雑踏の中へ消えて行った。
彼のムリダンガムの構え方は、実は少し変わっています。僕も試してみましたが、足腰にすごく負担がかかり、長くは構えていられませんでした。もっとも彼は子供の頃からそうしているわけですから、楽器を構えるのは苦痛ではなかったのでしょうが、日常生活には向いていなかったということでしょうか。もしかしたら足のことで人の手を借りたがらないのは、険しい道を登ってきたプライドの現れなのかも知れません。


燦然たる名人たちと同様、完全に「我が道」を追求した、求道者だったのだと思います。希有な方でした。


タカナドムカディン!



ご冥福を心よりお祈り申し上げます。どうか天国でも唯一無二のムリダンガムを響かせてください。日本より愛を込めて。