今回は今までの流れから脱線して、コラムを書きます。
・日常の中のモールシン
世界中で最も豊かな口琴文化を持つ国は、ロシア連邦内サハ共和国です。国民楽器とも言える存在ですから、口琴を知らない人はまずいないと聞いています。一方日本はといえば、アイヌ民族を例外とすれば、ほとんどの人が口琴を知らないというのが現状です。
それではインド、とりわけ南インドではどうか。これは僕の所見ですが、日本ほどではないにせよ、やはり一部の音楽ファンを除いてほとんどの人が口琴(=モールシン)のことを知らないようです。僕は今まで、インドの空港で荷物検査に引っかかり、その場でモールシンを鳴らしてみせなければならなかったことが何度もあります。インドでも他の楽器と比べ、モールシンはマイナーな楽器と言わざるを得ません。
ですが彼らは毎日の生活の中で、実は知らず知らずのうちにモールシンサウンドに触れ、慣れ親しんでいるのです。それは、カルナーティック音楽以外でのモールシンの活躍の場である「デヴォーショナルソング」と「フィルムソング」、この2つの音楽ジャンルが、人々の日常にしっかりと溶け込んでいるからです(日本と同様、ユーモラスな口琴の音はテレビ番組やCM、ラジオなどでしばしば登場しますが、効果音としてのそれらはここでは除外します)。
・デヴォーショナルソング
カルナーティック音楽でない、ヒンドゥー教にまつわる宗教讃歌全般を指すジャンルと言って良いでしょう。古典音楽よりも身近で庶民的、曲想や形式は極めて自由で多彩。ほとんど古典音楽に近いもの、民族音楽風やポップ調、あまりに個性的というかブッ飛んでいるもの(それはそれでかなり楽しめるんですが)などなど何でもアリなのは、恐らくニーズが多様だからでしょう。テレビラジオはもちろんのこと、お寺の参道や宗教グッズ店、家庭での儀式、そうでなくても乗り物の中や街の喫茶店など実にいろいろなシーンでBGMに使われています。音源も総じてリーズナブルで、CD屋にはかなりの数の商品が並んでいます。このジャンルを漁ると、モールシンサウンドとは簡単に出会う事ができます。
・フィルムソング
好きな人に言わせると、ラブコメでもシリアスなものでも、インド映画にはインド人の夢がギッシリ詰まっていて、観るほどにインドが大好きになるそうです。インド映画に歌と踊りのシーンが多いことは良く知られていますが、古い名作映画のそれらも今なお人々に強く愛されており、CD屋には「EVERGREEN」コーナーが設けられ、テレビでは歌と踊りだけのオムニバス番組が連日とてもよく放送されています。僕の周りを見渡すと、皆さん結構観てますね。僕もテレビがある時などついつい観てしまいます。どれも独特のノリがあって、気付けば首を揺すっていたり。
ズバリ、古い宗教モノの映画で、モールシンはかなりの高確率で登場し、良い仕事をしています。映像と相まってモールシンサウンドがいつもよりも可愛らしく聴こえること請け合い。有名どころをいくつかご紹介します。
タミル映画"Thirumalai Thenkumari"より"Madurai Arasalum Meenakshi"・・・さすがにモールシンの演奏シーンが観られる映画は多くありません。モールシン奏者は故人の
R.V.Pakkiriswamyさん。
タミル映画"Thiruvilayadal"より"Pazham Neeyappa"
テルグ映画"Lavakusha"より"Vinudu Vinudu Ramayana Gaatha"
インドでは宗教モノの映画が多く、一つのジャンルです。当然こういった映画の音楽と「デヴォーショナルソング」との線引きは曖昧ですし、曲によってはカルナーティック音楽のフィールドとも被ってきます。同様にミュージシャンもこれらのジャンルをまたぐ事が多いので、古典のフィールドで活躍している奏者が録音をしているケースも多く、唸らされる素晴らしい演奏もしばしば聴くことができます。しかしながら例外なく奏者名のクレジットはない、というのもまた泣かせます。
・まとめ
カルナーティック音楽、デヴォーショナルソング、宗教モノのフィルムソング。南インドの人々が潜在的に慣れ親しんでいるモールシンサウンドは、何故かいつも宗教と密接な音楽の中で鳴っています。倍音と精神世界の関係性は世界各国で言い伝えられ研究されていますが、この南インドでの現象は、なんだか偶然にしては出来すぎているような気はしませんか?南インドの人々は、僕には総じて信仰に篤く他者に寛容で、その上聡明に見えます。この事に実はモールシンが一役買っていたりしてなどと空想するのもなかなかどうして、是非ともあやかりたくなるというか、目の前のモールシンの見え方も変わってくるというものです。

(シヴァ神の持ち物の口琴とソックリなものは「トリシューラ」と呼ばれる、彼のエネルギー「シャクティ」の象徴。おそらく本文とは関係ありません。)