学生ビザでアイルランドに滞在していた
2017年のヨーロッパ旅模様を日記中。
今回は「フランス」編🇫🇷


今snsで話題になっている「国立映画アーカイブ」の1億円クラウドファンディング。

大学生の頃から訪れていた博物館の運営危機にこれからもずっと続いてほしいという願いから微力ながら寄付をしました🙏🏻


使命は人類の記憶を繋ぐこと。国立映画アーカイブの活動にご支援を




そんな中でフランスの映画博物館に行った時のことも思い出したので、旅した順とはちょっと違うのですがフランスへすっとび思い出し日記🚶🏻‍♀️


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◼︎リュミエール博物館 - Institut Lumière


映画はじまりの地、というと映画=ハリウッド=アメリカ?などと思っていたのですが暗闇の中・客席で観客が鑑賞するという現在の映画館の形が生まれたのはフランスなのだそう。


そんな映画のはじまりをつくったのが \\リュミエール兄弟 //なのですが、その2人が育った&映画が発明されたリヨンにある「リュミエール博物館」にフランス旅の道中で訪れたのでした。



リュミエール兄弟の住んでいたリュミエール家の邸宅を改装した博物館。



このお2人がリュミエール兄弟です。どん!


お家といいつつ世界に広がる映画の発明をした家族の邸宅。おデカイ。


壁の装飾が素敵なエントランス。


展示に入るとすぐにリュミエール兄弟の撮影した代表作である初期映画「ラ・シオタ駅への列車の到着」がお出迎え。

(発明当初に撮影された「初期映画」は数十秒、スマホの動画程度が大事件だったのです😮)



列車の到着を初めて観た人々は本物の列車がスクリーンから飛び出してくる!と思って客席から逃げた!との逸話が残っているそう。それくらい写真じゃなくて映るものが動き出すのが衝撃だったそうです🫨その衝撃いいな。



展示を進むとまず投影・撮影・動画などその後映画を形づくる基となった発明についてのお話

(1つ1つの発明が繋がって映画になるんですね🎞️)


◼︎幻燈、マジックランタン



17世紀、写真も無かった時代に絵を大勢の人に大きく映して見せたい!とガラス板に絵を描いて投射する幻燈が生まれ→地理・天文・植物・宗教などの教育から見世物・娯楽として広く使われたそう。

\\像を映すはじまり//なんですね。



(幻燈って絵が可愛いくて光に透けた色が綺麗で

当時の人もほわあ。。とまじまじ見てたのかな

なんて思ったりします。


◼︎フェナキストスコープ、ゾードロープ

そこからなんと100年(!)も経ってから絵が動かしたい!と絵自体を回しながら連続したコマとして絵が動いて見える機構↓が生まれたそう。

\\静止画を動かすはじまり//なんですね。


同じ感じの方法を使ったPVがおもしろい。


◼︎カメラ

そこからダゲレオタイプ(金属板)→ガラス板→フィルムのカメラまで60年近くかかりつつフィルムになるとそのしなやかさから連続写真が出来るようになったそう。

\\撮影のはじまり //なんですね。



初めて走る馬を撮影したエドワード・マイブリッジ(馬が走ると紐につながったシャッターが切れる)、銃の連射機構を利用した写真銃(!)の発明など連続写真を撮る方法を模索をしてたのですね。


↓↓↓


◼︎キネトスコープ

連続写真が撮れるようになってからは早く、10年ほどであの電球💡の発明で有名なエジソンが覗き穴式のフィルム上映箱(箱の中でフィルムが周ってる)キネトスコープを発明するのですが、ひとりでしか鑑賞が出来ないので映画の発明まで言われていないそう(かわいそう)

\\動画のはじまり//なんですね。


そして4年後にリュミエール兄弟がつくったのが、


じゃじゃーん!\\シネマトグラフ//なのです。


連続撮影、動画から更にスクリーンに投影でき複数人で鑑賞する「上映」の形までつくったことから\\映画のはじまり//はリュミエール兄弟がつくったと言われています。(エジソンかわいそう)


※その他映画お道具


スプライサーかな(フィルム同士を切り貼り


カメラの進化かな(小型化していったよ



。。。


初めての映画上映は1895年12月28日。パリのグラン・カフェだそうですが、その5年後のパリ万博で上映されて世界に広まっていったそう。



日本での上映ポスター。

(旅先に日本語があるととっても嬉しい。


そして万博お披露目に向けて世界各国で撮影が広まりました。日本でも撮影されています!


こうやって海を超えた場所でも日本人の記録が大事にされているのは嬉しいものです。

そして映像が残っているということはその時代にどんな髪型?どんな服装?どんな生活?何を使っているの?そして(どんな動き?)と当時のことが写真とは比べものにならない情報量で残すことが出来るんですね。


その後写真もカラーになって世界中で撮影されていきます。色の記録。


その土地土地の服装。


表情がいい。


そういう物語作品だけでなくて人々の生活や日常を映した記録はその土地の時代や風土を現す民族の記憶であり、色んなものが進化して変わっていっても残していくべき源流になっていくのです。


そしてその映像たちは今まで繋がっている写真をなんとか動かせないか、というものすごーーい長い歴史の上で成り立って撮られたものなんですね。(あと当たり前だけどももう撮影出来ないものなんですね。)


急にぐいんと話が戻りますが、

「国立映画アーカイブ」はかつて撮影された家庭用フィルムも一部含めアーカイブを行なっており、また消失を免れた日本を誇る監督達の作品も保存・継承してきた日本人の記憶の宝庫なのです。


そして徹底的な温度管理を必要とし(フィルムが火事になっちゃったこともある)デジタル化にも膨大な手間暇がかかるアーカイブ、管理費を締め上げられては運営が厳しいことは想像に難くありません。


そんな文化そのものが敬意をもって継承され大切にされる世の中であってほしいと思う今なのでした。。


世界各国に飛んだ撮影者たち。


2階に行く途中。


シャンデリアが綺麗。


2階はリュミエール家の歴史、年表やリュミエール社のフィルムの展示。


可愛い〜と思ったらライオン🦁!(ライオン飼っていたらしいオーギュスト・リュミエール(兄)さん。


フィルム販売の覇者は最終的にコダック社だったそうですが、フィルム販売などもしていたらしい。(ポスターが可愛い)











。。。

そんな映画のはじまりの地、さらに映画を発明したリュミエール兄弟の博物館とあって世界各国の映画に関わる人々の名前が博物館を囲む塀に残されていました。




ずらり


歩きながら見ているとクリント・イーストウッドさんがいた。


黒沢清さん、林海象さん、吉田喜重さん。

日本人名があるだけでなんだか嬉しい旅行中あるある。



日本のシネマトグラフ上映ポスターがあったこともですが、遠く離れたアジアの一国のことを展示に組み込こんでくれるのは映画としても黒澤明や小津安二郎など(挙げたらきりのない日本の名作品)世界的な日本映画への関心の土壌と交流があるからなのだろうなと思ったのでした。


そんな文化的な繋がりがこれからも続いていくように、日本を代表する映画機関であり日本映画の未来を繋ぐ国立映画アーカイブが守られていってほしいなと思うのです。


。。。


なんだかめちゃくちゃ話が逸れていっちゃいましたが、そんな映画のはじまりの歴史がつまったリュミエール博物館でマグネットを購入。可愛い!


既出マグネットコレクション写真にも貼ってあるよ。



次はおそらくリヨンの別の博物館のこと🚶🏻‍♀️


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今snsで話題になっている日本「国立映画アーカイブ」の \\ 運営費1億円クラウドファンディング//

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