morrowesprit -15ページ目

morrowesprit

sijimanite



「もしさ、もし、 もうすぐ全てが消えるとしたらさ、最後に何見たい?」


空が明るくなってきた。暗闇と光の交代だ。
部屋の電気はいつも点けてないのですぐにわかった。
自室の洋間の窓から外の様子を見る。
今まで気がつかなかったが、夜明けとはとても静かで冷たさを感じた。
吹奏楽の演奏の出だしのようにじわっと始まるこの感覚、目を閉じた、また暗闇に支配された。そう、今日は終わりではなく始まりなんだ。
一瞬逆の考えが頭を過ぎったが、その言葉は次第に消えていった。
『準備しなきゃな』そう心で呟き、携帯電話を充電器から外した。
今日も夜は明けるんだと思った。

朝は好きだ。だんだんと明るくなってゆくのが清々しい。早起きは辛いがこの汚れのない澄んだ空気は抜群にいい。川の向こう側にあるゴミ焼却場から数台のトラックが橋を渡ってくる。
歩道のない狭い道で、トラックは僕の横を過ぎながら黒い排気ガスを撒き散らす。
「くたばっちまえ」
遠退くトラックの尻に言い捨てる。
高校まで自宅から自転車で四十分、車の行列とは逆方向へ向かう、眠たそうなドライバーの顔が今日も目に入ってくる。それにしても昨日切りすぎた深爪が痛い。
市街地から徐徐に離れ、ビルやマンションより山のほうが目立っている。
この川沿いの道を抜ければ県道とは別れて田舎道に入る、道幅もぐっと狭くなり、車がすれ違うのがやっとだ。川沿いの道から川へ伸びる斜面の堰もなくなり、清涼感溢れる小川と平行した道を進む。草木が生い茂り、道の角には地蔵があったり、一見腐っているかの様な古い車が、ボロ小屋の中に遺跡のように眠っている。道の途中を曲がったお寺に続く一本道の突き当たりにある長い階段の前には、今日もおばあちゃんが掃除をしている。
田んぼが一面に広がる場所まで来て、
いつものように自転車を降りた。この先に見えてくる最後の急な坂を上る為、ここからは自転車を押して体力を温存しなければならない。
頬がくすぐったい、虫かと思い触るがやっぱり汗だった。田んぼの泥水とカブトムシの匂い、先程までの排気ガスの匂いから打って変わり、夏らしい気分に癒される。いれたはずのない脳内ジュークボックスのスイッチが押され、曲が自然と脳内に流れてくる。目の前を要塞のように塞ぐ急な登り坂、
まっすぐ登るのは到底不可能で、グネグネとまどろっこしい道が僕の学校へ行く気を今日も削ぐ。多くの学生はこの坂を"うんこ坂"と呼び、下校時、このうんこ坂では週に数人の生徒が必ず怪我をする。猛スピードで坂を下り、
自転車ドリフトをしながらカーブの外の茂みにクラッシュしてしまい、痛い思いをしたことを昨日のように思い出す。
ここを登りきれば団地に入り、まだ続く登り坂の先の学校まで自転車を押して歩く。太陽が顔を出し僕の影を地面にうっすらと映す。
涼しい朝が終わり、すぐにでもジリジリと地球を焦がすのだろう。
前方を見る気力もなく下ばかり向きながら自転車を押す。時折前方を確認し、まだ全然進んでないと溜息を吐き、落胆する。
車輪の影がくるくると回り、夏と僕が混ざる。学校へ着いたら水をがぶ飲みする自分を想像した。
茶色のレンガ造りの校門、ベージュ色の校舎までの校内の道には、右手に広いグラウンド、左手にはテニスコートとバスケットコート、校舎の隣に体育館に講堂、校舎裏には日本庭園と茶室がある。田舎のわりに豪華な学校だ。
僕は登校時間が他の生徒より一時間半くらい早い。部活の朝の練習もまだ始まっておらず、お目覚め前の学校を一足早く校舎へ向かう。校門で睨みを利かせる生徒指導の先生もまだいない。
がらんとした下駄箱、なんともいえない学校の臭いが漂う、サッカー部や野球部員のせいだろうか。
上履きには各々いろんな落書きがしてある、くだらないとは思いつつ、そういう僕もソールの側面には∞のマークを書いている、僕の名前に由来するしるしだ。
他の奴らの無意味な落書きよりはましだと勝手に思っている。
踊場の螺旋階段より奥のエレベーターに乗り三階の一番奥、九組の廊下の突き当たりにある非常階段を開けた。
ここはコンクリート造りで昼もひんやりとして気持ちがいい。裏山と谷を眺めながら涼むのに最適な場所だ。普段立ち入り禁止なので誰も来ない、僕だけのテリトリーみたいで優越感さえ感じる。
ここに潜むのをどこからも見つけられぬように死角に座り、煙草に火をつけた。少しぬるくなったコーラを飲み干す。携帯から繋がるイヤホンを耳に押し込み、今の感じに合う曲を探した、
少し古いがcoccoの曲を再生する。
音楽はいい。つまらない風景やありきたりな日常の行動に音楽を足すと、それらがまるで映画のエンドロールのように瞳に映る。曲を変えればまた違った世界観や感情を味わえる、平凡な料理に、ひと手間のスパイスを加えるみたいなものだ。音楽とはまさに魔法なのである。
曲のリズムによって身体が連動して動くのは小学生の頃、親戚のおばちゃんが経営してるカラオケスナックで初めて人に指摘されて自覚した。それから小学生、中学生になっても無意識に音楽に体を操られ、よく笑いものにされた。
恐らく僕にはラテンの血が流れてるに違いない。遠い祖先は外国人で、しかもインディアンか南米の古代民族であった為、仕方ない。と勝手に思い込んでいる。
そうやって深くいろんな事を考えていた、するとだんだん何を考えていたかわからなくなって頭が混乱する、またいつもの癖だ、終わりのない答えのない思想、僕はこうやってよく迷子になる、迷子の状態だと他の人の目には、
僕がまるで魂の抜け殻の人形のように見えるらしい。
中学三年生の頃だろうか、当時親しかった友人に言われたことがある、不意に僕に声を掛けても応答しないし、
一点ばかり見つめたまま薄ら笑いを浮かべるそうである。誰かとの電話の最中にもそれは起こり、次の日よく叱られる。
刹那、全てが我に還った。向かって左手奥の四階に続く非常階段で、動く影がちらついた。瞬時にタバコをポッケに差し込む、火はついてるがそれどころじゃない。この間もそこから視線を一切逸らさず目を凝らし、影の正体の確認を急ぐ。
一瞬戸惑う、しかしすぐに安堵した。
少し身の回りの状態を把握する余裕が出てくる。僕が非常階段へ来てから一体どれくらい時間が経ったのだろう。
お尻から背中が痺れている、胸と脇がひんやりする、変な汗をかいてしまった。
女がそこでニタニタと笑っている。
三年生か、同じ二年か、でも見かけないない顔だ。今年から一年生は制服が変わるからやはり三年生か。お尻が痺れてくる、姿勢を直そうか迷う。目の前にいるのが先生ではなく安堵こそしたが、チクられるかもしれない、大丈夫だろうか。不安だがとりあえず舌打ちをして携帯電話をいじる事にした。
『早く消えろよ』そう心で願いながら。 だが落ち着かない、既読のメールを読んだりする、とはいっても数ヶ月前の友人のメールを最後に誰ともメールはしていない。
尻を浮かせ頭の後ろを掻きあぐらを組む、尻へ血液が巡るのを感じた。その女はこちらへ近づいてくる、校舎への扉の方角か僕の方角かわからず緊張が走る。僕はなんとなく両手で目をこすった。
「今、びっくりしたよね?先生かと思った?」
戸惑ったが表情には出さないよう努力した、言葉が見つからず無視した。
「ほーほー、シカトするんだ、職員室行ってこよ」
「は?なんでそんな事するの?」
「あ、喋った、ねぇ、ポケットに煙草入れたでしょ?穴あいてない?」
はっとして確認するが穴は開いてないようだった。女は続けた。
「いつもここで吸ってるの?」
「は?職員室行かないの?」
「行ってほしいの?」
ムカつく、なんだコイツ、ウザい。でも状況がまずいのは間違いない、ここはキレたふりして逃げるしかないと思い、イヤホンを耳から外した。
すると彼女がなにやら手を出して催促してきた、金かと聞くと笑いながら煙草を一本くれと言った。僕が煙草を取り出してる隙に彼女は僕のイヤホンを自分の耳にはめる。抵抗するわけにもいかず、一部始終を眺めながら、どうしていいかわからず女を見つめるしかなかった。女は俯きながら音楽を楽しむ。
色白の肌にセミロングの髪、前髪は眉が隠れるか隠れないかくらいで鼻筋がすっと通り、顎の細い綺麗な顔立ちをしていた。二重の猫っぽい瞳は太陽の光を浴び、茶色く輝いて見えた。睫毛は長いのか付け睫毛なのかよくわからない、化粧は濃くなく丁度いい感じだった。女子特有のシャンプーのような柔軟剤のような優しい香りがふわりと僕の顔を包んだ。女の胸ポケからぶら下がった、全然可愛くない変なキャラクターのストラップが気になって仕方がない。
「あ、coccoだ」
と言って鼻歌をおっぱじめる。女が煙草に火をつける瞬間、眉間に寄せる皺とライターを握る細く芸術品のような手とのギャップを感じた。どうしたものか、この女のせいで今日からビクビクする羽目になったのに、好きなアーティストをシェアできた瞬間嬉しく
なった。
「そうそう、coccoいいよね、ていうか君三年?」
「一年だよ」
「は?制服違うじゃん、何言ってんの?」
「ばれたか、君と同じ二年だよ」
「そう、何組?」
「うーん、三組だけど、進級早々煙草で停学二ヵ月くらっちゃたんだよね」
「あぁ、だから知らないのか、うけるね、で、今日から登校なんだね、うけるね」
「ねぇ、聞いていい?」
「何?」
「君さ、なんか暗くない?なんで笑わないの?いつも音楽ばかり聞いてるの?」
「なんでそんな事聞くの?」
彼女は黙った、答えを待ってるらしい。
「別にどうでもいいし」
「なにそれ、答えになってないじゃん、ねぇ、何で?」
別に話すつもりもなかったが先生ではなく安堵したのか少しリラックスしてしまい本当のことを言ってやろうと思った、どうせ理由を聴かせても鳩が豆鉄砲を喰らったかの様な顔をするに決まってる、他の友達もそうだったように。
「つまらないからだよ、普通に生きててもつまらない、人と話してもつまらない話ばかり、だから工夫してるんだ、少しでも面白く生きていけるように、面白く映るように、生きるのが嫌にならないように」
決まった、こりゃどん引きだ、間違いない。我ながら上出来だと思った。見てみろ、思考停止状態で固まっている、こりゃ傑作だ。
「て」
「て?」
「うん、手」
左手を出すと急に握手してきた。意味が解らなかった。視線を手から彼女の顔に移すと、なにやら真剣な表情で僕の目を覗く。目がぎらついていた。でもその目の奥ががらんどうに見えた、
どこかで見たような目だけど思い出せない。
「私も同じ、びっくりしたよ、だからさ、今日から友達ね、OK?それと君、
左利きなんだね」
「同じ?」
静寂だった学校もどこからともなくうじゃうじゃと生徒が集まり、中庭の方で声が飛び交っている、こんな時間まで非常階段にいるのは初だった。
突然友達になろうと言ってきて僕の承諾も得ず、いつの間にか握手と共に友達関係になってしまった。呆れさせようと本当の気持ちを話したが、逆にこっちが唖然としてしまった。
彼女は歯を見せずニヤリと笑い、鉄製の重い非常扉をゆっくりと開けて校舎へ入って行った。僕は首を鳴らし大きく息を吐いて目を瞑った。彼女の別れ際の意地悪そうな笑みが瞼の裏に張り付いたままだった、あのいい香りもまだ鼻の奥に残っていた。
これが彼女との最初の出会いだった。

母親は無言だ、まあいつもの事だから気にはしない。父親はずっとダラダラお喋りしてる、私も母親もいつも通り聞いてない振りをしながらテレビを観る。
食事を終えると母親は日課の儀式を始めに部屋に閉じこもる、あの日から変な新興宗教にどっぷりだ。
父親はまだブツブツ何か言ってる。私もこの状況に満腹で夕飯を半分くらい残し、箸を止め席を立った。残したおかずを三角コーナーに投げ入れ、食器洗浄機に皿を入れた。
冷蔵庫からカルピスと氷をジョッキに入れてミネラルウォーターを注ぎ、二階の自分の部屋に向かうことにした。台所から出るとき父親は横目で私を盗み見ていた。
「おやすみ」
「おぉ、う、うん、おやすみなー」
父親はどうも頭がおかしい。勿論私が生まれる前からというわけではなく、
やっぱりあの日以来頭が狂ってしまい、ろくに会話が成り立たない。現在の仕事が一人作業の仕事だったのが唯一の救いだ。ベッドに座り美顔ローラーを当てながらウォークマンを起動し耳にイヤホンをはめた。
コンセントに刺していないテレビのコード、なぜ見もしないのに置いてあるんだろう。テレビなんてどうせ嘘ばっかり、国民をコントロールするための媒体にすぎない、テレビで"流行ってる"と言えば、例え全然流行ってなくても流行る。
人の不幸を見ては泣き、おどける芸人を見ては笑う。世界って、世の中ってなんだかつまらない。生きてるって意外とつまらない。
ふと部屋の明かりが点いてないことに気がついた、つけてもどうせ寝るときには消すのでそのままにする。そう、
いくら面白い番組を見て幸せに満たされても、テレビを消した途端嘘のようにそれが消えてなくなり、また渇きを覚える。だったら初めから見ない方がいいのだ。カルピスを半分ほど飲んで、脱いだ靴下を部屋の入り口に投げた。
イヤホンを外しベッドに横になり天井を見つめた。
明日ついに長かった停学が開ける。だけどまあ、学校くらいは経験値として割り切って行く。明日はとびきり早く登校しよう、そしていつもの場所でのんびりしよう、そう決めた。
結局停学中も中身のない時間を浪費していた。見せる相手がいるわけでもないのに、化粧を極める研究をしたり、
部屋の模様替えをしたり、ベランダで煙草を吸いながら好きな曲を聴き、夜空を眺めていた。昼は嫌いだからいつも寝ていた。
私は狂ってる?無駄にしてる?若さを?報われる?苦労の先に平安は必ず笑顔で待ってるって言い切れるの?
恐らく返事はノー だろう、運命がそう言った気がする。
見放された世界、見放されたのは私?
どっちでもいいや、だが私はこの世界を憎もう、毛嫌いし呪詛を吐こう。
だけどいつからだろう、前の私はこんなんじゃなかった気がする、まるで思い出せない。私は迷子だ。
久々に目に映る校舎、なかなか悪くない。閑静な住宅街に構える学校は、まだ活気づいていない。すぐに非常階段の三階に行き周囲を見渡せる場所に座って煙草に火をつけた。
イヤホンをはめて午後ティーを一口飲む。ウォークマンの充電が少ない、今日一日保つか不安になった。
少しマスカラを盛り過ぎた、繊維が目に当たりチクチクする。寝てないからかファンデーションが肌にうまく馴染まない。
私はみんなと同じ三年生にはなれなかった、もう一度二年生をやれとのことだった。一つ年下に知り合いがいないのでみんな不思議そうに私をじろじろ見てくるだろう、そう思って化粧は念入りにしてきた、男子に向けてではなく、自分の中の盾のようなものだった。厚化粧だと目立ちすぎるのでナチュラルに見えるように努力した。
様々な考えを頭に巡らせていると煙草の火種が指のすぐ手前まで迫っており慌ててもみ消す。ふと校舎の方向に視線を移すと空中連絡通路に人影が見える。吸い殻をジュースの缶に入れ、身を屈めて壁の間から様子をみる。
どうやらこっちへ向かっている、先生か生徒かここからじゃ判断できない。
とにかく万が一ここに来てもすぐに四階の校舎へ逃げれるように三階半の位置へ素早く移動する。足音を消すために上履きを脱いで小走りで急いだ。身体を屈めたまま、ここに通じる扉を静かに睨めつけた。
思わず拍子抜けした。生徒だった、同じ学年だろうか。シャツを出してネクタイもユルユル、髪は長くて顔がよくわからない、整髪料でセットしたのか寝癖なのかわからないくしゃくしゃの髪型だった。前髪が目の下辺りまで伸ばしてる感じがナルシストのようで陰湿な印象を受けた。
イヤホンを耳にはめてタバコを吸い始めた。その後コーラを一気に飲み干す、表情はよくわからないが凄く満足そうに見えた。
盗撮みたいでドキドキした、彼を見てるとなんだか行動が自分とかぶって笑いがこみ上げてくる。少しからかってみることにした。
彼は話し終わると満足そうな表情を浮かべ、裏山を眺めていた。
私は何かが心ではじけた『見つけた、
同類だ』私は久しぶりにワクワクした、いや、そんなにワクワクしてないけど、同じ世界観の人を見つけて不思議な感覚を覚えた。
決めた、友達になろうって。
これが彼との最初の出会いだった。