しじまにて 十一 | morrowesprit

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確かに聞こえた。
たった今、冷たく荒い大きな獣のような手が、私の中の何かをくしゃっと握り潰した、汚らわしい手の元には私がいた、鏡の中の私、骸骨は私だった。
私の何かを破壊したのは私だったんだ。
「あーあ、馬鹿だ、今までの生活全部そんな事考えて私と接してたんだ」
「かなた、そんなことないよ!お前はお父さんの大切な子だよ」
『くしゃ』
また音が聞こえる。
「馬鹿じゃん!なんだ、そーだったんだ!私間違っちゃった!産まれて来ちゃった!ごめんね!ごめんなさい」
「やめろ!かなた!!頼む!もう、頼むからやめてくれ」
「私を殺してよ、ねぇ殺してよ」
父親は膝から床に崩れ落ちた。身体が小刻みに震え、両手で頭を抱えている。
私は父親を部屋から追い出し、ベットに横になった。
薄暗く閉ざされた部屋は静かすぎて、
耳鳴りのような音が響く。
ようやく気持ちが少し落ち着き、カーテンを開け、月明かりを部屋へ誘う。
父親は最もらしいことを言ったが、結局金で息子を売った。
なんかわかった。
全て悟った気がした。
みんな自分が可愛い、辛いことは誤魔化して平気なふりして平然を装って生きてる。世の中は金と欲望を燃料に動き続けてる、そんな仕組みが今やっと解った気がした。
疲れた 終わらせろ
ずっと鳴り止まない頭に響く声、私の声なのだろうか。

彼女は二日も学校を休んでいる。
いつも食堂でわざと僕の近くの席に座り、こっちを見ながらニヤニヤしているがどうやら今日も休みみたいだ。
しゅりに出くわしたのがショックだったのだろうか。
昼休みにあいつらに声かけなきゃならない、あの日一緒にいたバンドのメンバーだから当然払って貰わなきゃならない。僕一人二百万だなんてフェアじゃない、過酷なバイトなんてもうたくさんだ。
しかしあの日以来メンバーと会話していない、気は進まないが、そうも言ってられない。
食器を返却口に返し、メンバーが昼休みにいつも談話している教室に向かう。そういえばあの日以来美しいアートはお目にかかっていない、少し残念に思うが、疑われるのはごめんだ、だが今更言うことでもなかった。
瞬く間に広まった犯人疑惑は、今もこうして僕に向けられ、楽しそうに話す生徒達の側を通ると、ピタリと会話が止み、僕が通り過ぎるまで視線を針のように刺してくる。それから小声で僕を指差す者や奇声をあげる者もいる、
お陰で雑踏の全てが僕に向けての呪詛に聞こえ、生徒も先生も敵に見えた。
そのせいで僕は誰もかも睨む癖がついてしまい、そんな僕をまた周りが警戒する、孤独の毎日がいつまでも続いていく。
太陽の光がよく当たる教室の窓際の後ろの席に、数人が机に座ったり椅子に腰掛けたりしてお喋りしていた、僕はそこへ近づいた。
「やあ、久しぶり、えーと、今日は暑いね」
四人が急に会話をやめ一斉に僕を見た。
「なんか用か?」
「うん、まあ」
「で、何?」
「実はさ、例のLIVEの打ち上げ事件あったじゃん、でさ、あの時建て替えた金をみんなで割り勘しようって話なんだよ」
少しの沈黙の後、お互い顔を合わせる、少し前まで僕もこの中に混ざって楽しそうに会話していたのに、今はまるで赤の他人に声を掛けられたかのような表情で僕を観察している、いつからこうなったのだろう。しんちゃんが口を開いた。
「はぁ?お前の女が払ってくれたんじゃないの?」
「いや、まあ、そうなんだけど払ったっていうか貸しって感じだったんだよ」
「訳わかんない事言うなよ、つまりあの女と別れたんだろ?それで今になって金返せって言って来たんだろ?」
「だから、違うって!」
「は?逆ギレ?知らねーよそんな金!お前が払えよ、今んなっていちいち俺ら頼んなよ!」
「やめろよ、しんちゃん!」
「なゆた、お前さ、今頃なんだよ、だいたいさ、あの騒ぎもお前のせいなんだぞ、きりおは訳わからず騒いで迷惑かけたんじゃない、しかも店を滅茶苦茶にしたのはあのヤクザもんじゃないのか?金ならあいつらに取り立てるのが筋だろ、違うか?」
ケージはいつも冷静だ、上から物を言う。しかし納得出来ない、きりおが居酒屋で騒ぎを起こしたのがなぜ僕のせいなのか不思議に思う、だがとりあえずしんちゃんは穏やかではないので話を逸らそうと、隣にいる政を見る。
いつも無口な政は、今も一点を見つめたまま何も喋らない。
政の右手の変化に気がついた、怪我でもしたのか包帯がグルグル巻いてある。
「なぁ、それより政さぁ、どうしたの?右手?」
その瞬間あの大人しい政が阿修羅の様な表情で僕を睨んだ、と思ったのが先か、しんちゃんが立ち上がって僕を突き飛ばした、そのまま僕は床に倒れ込んだ、
上半身だけ起こし、周りを見渡すとクラスのみんなが注目していた。
「おい!!お前知らないのか?!お前なんて奴だよ!!ただのクソじゃないか!!」
「やめろよ!しんちゃん!」
「いいか、今きりおは病院にいるんだよ!あの日しゃぶしゃぶの鍋にあいつらに無理矢理顔ぶち込まれて皮膚と右目がいかれちまったんだよ!あいつは将来俳優になる夢があったんだ、それで、それで」
急にしんちゃんは言葉につまり床に崩れ落ちた、そこへケージが肩を掴んで背中をさすってやる、そのまま僕を真っ直ぐ見た。
「なゆた、知ってるだろ、政ときりおはいつもセットみたいに仲良しだったじゃん。政はカメラが趣味でいつもみんなやいろんなシュチュエーションをカメラに納めてた、大事な思い出を魔法の力で収めるカメラをいつも大事に持ってる、知ってるよな?」
そうだ、政はカメラを一時も離さない、死ぬ気でバイトして買った数十万円もする大事なカメラだ、学校にもいつも持ってくる。そうだ、そういえば今日はないみたいだ。
続けてケージが話始めた。
「仲間意識の強いきりおは、そんな政が撮る写真を大事そうに楽しそうにいつも眺めてた、少し前にようやく包帯が取れる頃に政は、脅かしてやろうときりおの見舞いに行ったんだ、最高の笑顔を納めにな。だけど病室にはまだ包帯がぐるぐる巻きのきりおがいた、政はおかしく思って先生に尋ねた、どうやら変わり果てた自分の顔を見て、また包帯をぐるぐる巻きにしたそうだ。
政は元気づけようと病室に戻った、きりおは窓の外を眺めてウォークマンを聴いていた、政はテレビ台の引き出しの上に置いてある写真に気が付いた、
手に取って見ると、今までの思い出の写真のきりおの顔部分は全部修正液で塗り潰され、その上から"へのへのもへじ"が書き足されていたそうだ」
僕は政を見た、下を向いて顔をくしゃくしゃにしながら泣いていた。
「政はな、政は素手で自分の一眼レフをめった殴りにしたんだよ、何度も何度も、大事な大事な宝物を、きりおを傷つけた魔法の宝物を」
ケージの唇が震えている、瞬きもせず僕を睨む。
「なぁ、なゆた、まさか忘れたのか?
あの日のライブの最後にお前は俺たちに何もいわず突然『解散します、さようなら!』って言ったよな?それだけじゃない」
そうだった、そういえばそんなこともあった、当時僕は相当な興奮状態にあった。
『お前たちは狂ってる!世の中も狂ってる!奴らに殺されるくらいならここで自害せよ!喉元にナイフを突き立てろ!自由というナイフで深紅の証明を見せてくれ! 』とも言った記憶がある。今聞くと狂気の沙汰としか思えない、でも、本心であったとは今ここで言えない。
「お前は馬鹿みたいなこと言って客をドン引きさせたんだ、あの日きりおは妹を連れて来てたんだ、ライブの帰り際、きりおは妹に"反乱分子の集会"と言われてムッとしてた、それらがストレス要因となり、飲みで爆発したんだ、わかるかい?なゆた?」
知らなかった、きりおの事も、政の事も、僕のせいできりおが暴れた事も。
しんちゃんが立ち上がった。
「なゆた、なんでなのかな、なんでお前が何ともなくてきりおや政はこんな目に遭うんだ?神は平等じゃないのか?先生が言ってたな、どの命も等価って、ありゃ嘘だ、なゆた、お前なんてな、鼻くそ以下だよ!生きてる価値なんて無いんだよ!同じように平然と生きててイラつくんだよ!お前がやられたらよかったんだ、なんできりおなんだよ!お前なんか死ねよ!それかきりおと変わってくれ!頼む、きりおと変わってくれよぅ」
しんちゃんは机や椅子を巻き込み、両手で顔を覆いながら崩れ落ちる。
側にいたケージに教室の外に連れられた。
僕は床の一点だけ見つめていた。
不覚だ、涙が止まらない。
どんなに目を擦っても、鼻をすっても、上を向いてもダメだ、同情で泣いたんじゃない、確かに惨い、ただ、意識せず止まらない雨は流れ続ける。
神さま、この涙はどこから流れるのですか?僕の中から今何が零れているのですか?
一つ解った。僕の机に修正液で書かれた”GOODBYE”の落書きは恐らくまさの仕業だと。