今日明日は、センター試験ですね。
受験生のみんなは、
どんな気持ちで今を迎えてるんだろう。
わたしがセンター試験を受けた年は、
千葉では珍しい程の記録的な大雪でした。
そのせいか、鮮明に当日のことを覚えています。
当時のわたしは、まさに「頑張り教」。
勉強を頑張って、頑張って、
苦しくても、我慢して、我慢して、
そうすれば、必ず成功すると思ってた。
そして、行きたい大学に合格さえすれば、
今後の人生は保証され、幸せに違いない
と思っていました。
つまり、大学受験で人生が決まると
当時は本気で思っていたんですね。
電車で40分くらいかかる予備校に
ほぼ毎日学校帰りに通って、
22時過ぎに自宅に帰って、
ご飯食べて、お風呂入って、
2、3時くらいまで勉強して、
また次の日学校に行く。
休みの日は、13時間くらい勉強。
そんな生活でした。
今思うと、本当によくやったなと思う。
でも、そのくらいしないと、
「幸せ」や「成功」は
手に入らないと思ってました。
そうなった背景には、
色んな要素があるけれど。
「超」がつく程の「頑張り教」の
父のもとで育ったからというのもあるし、
わたし自身、「苦しいくらいの努力」を
した先に「結果」を得るという
成功体験を繰り返して、それが自分の中の
方程式になったんだとも思います。
あ、決して親に
進路先を決められたりとか、
日常的にプレッシャーをかけられたり
とかはされてません。
わたしが、勝手に感じていただけです。
まぁ受験以外のことは、犠牲にして
勉強ばかりしていたので、結果、
名の知れた大学に合格することができたし、
自分でも誇らしいと思ってました。
当時のわたしは、こう思いますよね。
「あぁ、やっぱり苦しみに
耐えて頑張れば、それ相応の
幸せが手に入るんだ」と。
でも、いざ大学に進学してみたら、
恐ろしいほどの「虚無感」に襲われて。
困惑しました。
方程式と違うじゃん!!
って笑
何をやっても、「満たされる」ことがなく
それまでの人生で感じたことのない、
「空っぽ感」。
授業に出るのも苦痛な時期もあったし。
「心の病気」かなと思う時期もあった。
根は真面目なので、最低限の単位は取って、
無事に卒業はしましたが、
わたしにとってその4年間は、
「自分を見失ってしまった」時間でした。
「頑張り教」の限界だったんだと思います。
正確には、「限界の始まり」。
就職したあともその状態が続いたので笑
本当は「もう限界だ」と心と身体が教えて
くれていたのに、ずいぶん長い期間、
無視し続けました。
そして、
強制終了を何度も経て気づいたこと。
それは、
今まで頑張ってきたのは、
ただただ、
大好きな両親を
喜ばせたかったから。
学校でいい成績を取れば、
お父さんとお母さんに褒めてもらえる。
いい大学に合格すれば、
お父さんととお母さんに喜んでもらえる。
いい会社に入社すれば、
お父さんとお母さんに自慢の娘だと
思ってもらえる。
言い換えれば、
○○しないと、愛してもらえない。
そう思ってきたってことなんだよね。
大学に合格することで本当に欲しかったのは、
その先の人生の保証や「成功」ではなくて、
大好きな両親の愛情。
こんなシンプルなことに、
長い間気づけなかった。
気づくと、ふふって笑えるんだけどね。
そこに気がついてから、
頑張り教の呪縛は、とけました。
たまにクセは出るけど。
社会人になってからも、
紆余曲折してきたけど、全部、
「こんなわたしでも愛してくれます?」って
確認するための出来事ったのかもと思う笑
何もしなくても、
愛されてるのにね。
元気で、笑って、好きなことしている
今なら気づけるよ。
そして、予備校に通わせてくれたことも、
大学に行かせてくれたことも、
今なら心から感謝できる。
あの頃のわたしに、
「大丈夫。あなたはたくさん愛されてる。」
今も、今までも、これからも。
だから、安心して好きなように生きて。」
そう言ってあげたい。
それと、
「どんな道を選んでも、
あなたはこの先もちゃんと幸せです。」
と。
「自分の人生」を生きよう。
この週末は、寒波の影響で、
雪になる場所もあるようですね。
どうか、受験生のみんなが
無事に試験を受けられますように。
本文に挿入した画像は、すべてお借りしました。
Lisa.



