プリンスメロンに冷やし中華に河豚。
好きな食べ物を三つ挙げて、と言われたら即答出来る私の好物。
今は河豚が美味しい季節。
こちらでは河豚の養殖も盛んで、かなり離れた土地まで行って来た。
すぐ隣が海、という小さな町は、人も車の通りも少なくて、途中車の前を横切る小動物、近くで車を停めて見ると、石垣を懸命によじ登るそれは猿。
口に何か咥えていて、どうやら向かいの畑から盗って来たみたいだ。
お店の人に聞くと、猿はしょっちゅう、と野生の動物と共存する事は当たり前の様に、さらっと答えられた。
そのやんわりした言葉が高速で二時間かけて来たのを労ってくれているみたいで、通されたこじんまりした部屋で飲むお茶はひとしお美味しかった。
先ずはてっさ、菊花造りに並べられた刺身を箸ですすすっと数枚すくって、もみじおろしと刻みネギを入れたポン酢でいただく、この至福の時。
その土地の造り酒屋のお酒が好きで、本当ならお銚子で一合いただきたかったが、その気持ちをグッと堪えた。
当日に捌いて用意してくれた河豚の身は薄らピンク色、久しぶりに食べるてっちりの美味しい事と言ったら、締めの雑炊まで綺麗に平らげた。
炭水化物を多く摂ると調子が悪くなるこの体、この日はそれを覚悟で食い意地が勝つ。
猛毒のある、決して姿の美しい魚ではない河豚を食するようになったのは、縄文時代と言われている。
しかし、安土桃山時代に、猛毒ゆえに食べることが禁止されていた。
文禄・慶長の役(朝鮮出兵)の際、多くの武士が朝鮮半島に近い九州に集結、そこで獲れた河豚を毒があることを知らない武士たちが、普通の魚と同じように調理して毒にあたって中毒死が相次いだ。
そこで豊臣秀吉は、河豚食禁止の令を出し全国的に河豚を食べることを禁止してしまった。
秀吉死去後、徳川の世になってもその禁止令が解かれることはなかった。
その後、河豚を食べることが公に解禁されたのは、明治に入ってから。
初代総理大臣伊藤博文が、山口県の下関で食べた際、その味に感動し山口県限定で河豚を食べることを許可。
それが日本全国に広まり、昭和20年代からは、各都道府県で河豚の食用や調理に関する条例が制定され現在に至る。
江戸時代になってもこっそり食べられていた河豚。
江戸時代は日本の食文化が発達した時代でもある。
河豚は庶民の間で、密かにてっぽう(鉄砲)という隠語で呼ばれ食べ続けられていた。
河豚も鉄砲も滅多に当たることはないが、当たると命を落とすという共通点から、この呼び名になったと言われている。
大阪では、河豚の刺身をてっさ、河豚鍋をてっちりと言うが、これらもこの隠語に由来した名前。
てっさにはてっぽうの刺身、てっちりにはてっぽうのちり鍋と意味があるということだ。
小林一茶も、五十にて河豚の味を知る夜かな、と詠んでいる。
きっと感動したに違いない、解るよその気持ち!笑
じゃぁ好物を五つ挙げて、と言われると悩む私。
あと好きな食べ物ってなんだっけ?と丸一日考えても出てこない。
やっと絞り出したのが、白アスパラガス?笑
んん〜〜、そうでもないか!笑
