先日、幼馴染(男性)から電話があった。
元気?から始まりちょこっと世間話、で、本題に入る。
仕事の事で相談があって。
何?と聞くと、かくかくしかじかでこういう事を請けてくれる人を探している、との事。
彼が勤めている会社がしている内容とはあまりにもかけ離れているので、あれ?そんな事業も始めたの?と聞いた。
すると、いや定年になって前会社は退職して今はこの仕事に関わっている、との事。
定年?と変な声が出た。
すると彼は笑いながら、あなた一人だけ若そうな振りしてるけど同級生、同じ年だから、と言われた。
えぇー!もうそんな年なんだ私。笑
実際自分の事をいい歳になった、と自覚はあったが、定年という具体的な話を聞いて、なんだか一気に老けた気になった。
そう言うと、笑いながら相変わらずやな、と言われた。
ほんと、他人事みたいでまるで浦島太郎になった気分。
竜宮城でもてはやされ、気がつけば年寄りになっていたなんて、考えたら浦島太郎が羨ましい。
現在の日本で知られている浦島太郎の内容と、元々のストーリーは異なると言われている。
西暦825年に創建した、京都府伊根町の浦島神社にある資料によると、太郎のそもそもの名前は管川の浦島子(つつかわのしまこ)という名前。
現在名前になったのは、室町時代に入ってからで、本来の浦島太郎は物語の冒頭から大きな違いがある。
その内容は、浦島子は海で亀を釣り上げるものの、妖気が漂い居眠りしてしまう。
目を覚すと亀は美しい乙女の姿に変わっていた。
乙女に心を打ち明けられた浦島子は、乙女に惹かれ一艘の小舟で長い船旅をすることになる、というもの。
現在とは違い恋愛を彷彿とされるストーリーだが、これは奈良時代に編集された、日本初の正史、日本書記にも記されている内容だそうだ。
また、この話の中で浦島子と乙女が向かったのは、竜宮城ではなく蓬莱山という、海の彼方の不老不死の世界=神仙郷だという。(神仙=中国古来の神仙を信仰し不老不死などを願う思想)
実は本来の浦島太郎は、中国の神仙思想道教が元になって出来上がったことから、このような話の流れになっているそうだ。
ちなみに、現在よく知られている浦島太郎の話の内容は、明治時代の教科書によって広まったとのこと。
今の私は、これまでの私の人生の積み重ねによるもの、波瀾万丈の長い人生、我ながら挫けずにやって来たものだ。
大人になると他人から褒められる事も、叱られる事もなかなかなくて、たまに自分の頑張りを褒めてやったり、ダメだった部分を叱り反省してみたり。
私には全く食指が動かないお肉を食べなさい、と主治医から注意されるので、ならば行ってみたかったお店で食べようと高速を走らせた。
駐車場に車を停めて角を曲がるとお目当てのお店、店の前には大行列、見ただけで足が止まり動かない、だけど友に行くよ、とお尻を叩かれ渋々並ぶ。
こんなに並んで本当に美味しいんでしょうね、と何度も問う私に、知らんがな、と冷たくあしらわれつつ待つ事約1時間。
友はエビフライとハンバーグのセットで、私はステーキセット。
はっきり言いますが、並んでまで食べる価値は!
私の味覚が変なのか、さぁ〜どうでしょう??笑
食後お口直しにいつものジェラートを食べに行き、ようやく機嫌が良くなり帰宅。
帰りの高速でも、能登へのボランティアを乗せたバスや、自衛隊の車両、などを見つけ頭を下げる。
こちらのジェラート屋も、本店は能登にある。
わずかでも微力でも、私なりに出来る事を毎日続ける、今年の元旦に決めた事を実行中。
先日習ったパンを再び焼いて、今日はキッチンが良い匂い。
どうやら私は、匂いに幸せを感じる人らしい。

